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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
 だが、彩里はここで引き返すべきだと判っていた。
―良いかい、どんなに優しげに見えても、けして人間に心を許しても、拘わってもいけない。深入りしてはならない。それだけは、ちゃんと心に留めておくんだよ。
 祖母の言葉は、大好きだった祖母が亡くなって数年を経た今も、彩里の心に強く刻み込まれている。
 彩里は若者の腕から身をすべらせ、地面に降り立った。本当は、広くて温かなこの胸にいつまでもこうして優しく抱かれていたいという誘惑に負けそうになってもいたのだけれど。
 キュインとひと声啼いたのは、〝ありがとう〟というお礼のつもりだ。踵を返して走り去ろうとする。
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