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九尾狐(クミホ)異伝
第1章 忘れ得ぬ人
「おい、そのまま傷を放っておいて、膿んだら大変だぞ?」
 若者の声が追いかけてきて、彩里はつと立ち止まる。つぶらな黒い瞳で若者を見上げた。
 もう、二度とこの美しい人間と出逢うことはないだろう。
 彩里は若者の面立ちを心に灼きつけるように視線を注ぎ、しばらく立ち尽くしていた。若者も何を考えているのかは判らないが、彩里を見つめ返している。
 いつまで眺めていたとしても、切りがない。
 ようよう歩きかけても、未練がましく何度か振り返ってみずにはいられなかった。しかし、これでは延々と同じことの繰り返しだと悟った。何かに耐えるような表情で眼を瞑り、今度こそ身を翻す。
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