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第9章 第三話　【初戀】　三

この日、日本橋通油町の大店京屋においても煤払いが行われた。終わった後は、祝儀・酒肴が奉公人の端々にまでふるまわれ、日頃は厳しい主人の市兵衛自らが皆の前で隠し芸を披露したり、奉公人同士が胴上げをしたりの無礼講で皆羽目を外した。
　忙しさの中にも何か心浮き立つような楽しさがある、江戸の歳末の行事である。
　煤払いの翌日、深川八幡宮に歳の市が立った。歳の市はここを初めとして江戸の各所で行われ、大晦日まで続けられる。御酒徳利(みきとっくり)、三方(さんぼう)、門松、注連飾り、橙、海老など、正月の飾り物、調度品、食料品が商われた。市は人で溢れ、物売りの景気の良い声が飛び交う。縁起物は値切らないのが江戸っ子の心意気であった。