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凍える月~吉之助の恋~
第10章 第四話  【はまなすの子守唄】 一
 伊八が弾かれたように立ち上がり、三叩土に降りた。あまり慌てていたので、裸足でいることさえ気付いてはおらぬようである。
 腰高障子を開けて入ってきたのは、三十そこそこの職人風の男であった。どこと言って特徴のない平凡な顔つきは、大勢の人波に紛れてしまえばすぐに見分けさえつかなくなってしまうだろう。
 対する伊八はこの一夜で髪は乱れ、無精ひげは生え、心労で頬の肉はごっそりとそげ落ちている。あまつさえ睡眠不足で眼は充血しており、なまじ整った男ぶりだけにその様は凄みがあった。
「ああ、俺が伊八だが」
 伊八の切羽詰まった様子に、男はややたじろいだそぶりを見せた。
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