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凍える月~吉之助の恋~
第12章 第五話 【雪うさぎ】 壱
 お絹の住む長屋は差配の名にちなんで〝甚平店(じんべいだな)〟と呼ばれている。要するに、江戸のどこにでも見かける粗末な棟割り長屋である。こんな町外れの裏店に住む連中は皆、助け合って生きてはいるが、他人(ひと)には語りたくない話の一つや二つは大抵持っている。それを一々詮索せぬのが暗黙の掟でもあり、また、互いに対する思いやりでもあった。
 この〝先生〟については、ゆえあって浪々の身―国許に妻女を残して江戸に出てきているのだ、ということは、いつか当人から聞いたことがある。どこの藩かは知らぬけれど、言葉には北方訛(なま)りがあり、かなりの教養を備えていることからも、微禄の下級藩士とはいえ、それなりのきちんとした役職についていたのではないかと察せられるのであった。子ども好きで人柄も穏やかで堅実、長屋中の子どもたちを集めては寺子屋紛いのものを開いている。
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