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凍える月~吉之助の恋~
第14章 第六話 【対岸の恋人】 
 かつては内々に将軍からも入輿する姫君のために簪を作るようにとの命を受けたことのある喜作である。しかし、寄る年波には勝てず、還暦を越えてからはとみに身体の衰えを訴えるようになっていた。
 そのため、二年前に喜作は引退を決意、それまで喜作の顧客だった面々を伊八に紹介してくれた。もっとも、天下の名人と謳われた喜作ほどの職人の跡をそっくりそのまま引き継げるとは伊八も端から考えてはおらず、喜作の客たちが伊八の細工をどう見るか悩んでいた時期もあったようだが、それは杞憂に終わった。
 新しい客は―喜作の作を見て眼が肥えているにも拘わらず―、伊八の作り上げた簪を気に入り、そのまま新しい上客となった。
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