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凍える月~吉之助の恋~
第14章 第六話 【対岸の恋人】 
 お絹は夜泣き蕎麦屋を生業としている。今年の長い夏も終わり、半月前に漸くその夜泣き蕎麦の店を再開したばかりであった。冬に冷たいものが売れないのと同じ理屈で、夏に熱い蕎麦を食べさせる夜泣き蕎麦屋が流行るはずもない。それゆえ、夏の時分は店を畳むのである。夜泣き蕎麦屋の仕事は亡くなった父参次から引き継いだ大切な商いでもあった。夏の間もお絹はずっと、父からの形見のその屋台の手入れを怠らなかった。
 三カ月ぶりに屋台を出して、お絹は改めて、自分がいかにこの仕事を誇りにし生き甲斐にしているかと思い知った。良人の伊八が蕎麦屋とはいえ、夜間に働く仕事を女房にさせたくないと思っているのは心得ているお絹だが、父から譲り受けたこの仕事を止めることだけはできなかった。
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