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凍える月~吉之助の恋~
第14章 第六話 【対岸の恋人】
―いや、親方がこの頃、しきりに一度里帰りをしてえって言うんだ。
―親方が里帰りを?
お絹が更に眼を見開くと、伊八は小さく頷いた。
―親方ももう、あの歳だ。一度は捨てたはずの故郷を懐かしがったとしても不思議はねえんだがな。
お絹も伊八から一度だけ聞いたことがある。喜作もやはり伊八と同様、貧農の出であり、あまりの貧しさを厭い、十になるかならずで故郷の村を飛び出してきたのだと。わずか十歳の童がたった一人江戸に出てきたとて、浮浪児になるか行き倒れになるかが関の山であったが、幸運なことに、喜作は当時、腕の良いと評判であった富平という飾り職の親方の許に弟子入りすることができた。
―親方が里帰りを?
お絹が更に眼を見開くと、伊八は小さく頷いた。
―親方ももう、あの歳だ。一度は捨てたはずの故郷を懐かしがったとしても不思議はねえんだがな。
お絹も伊八から一度だけ聞いたことがある。喜作もやはり伊八と同様、貧農の出であり、あまりの貧しさを厭い、十になるかならずで故郷の村を飛び出してきたのだと。わずか十歳の童がたった一人江戸に出てきたとて、浮浪児になるか行き倒れになるかが関の山であったが、幸運なことに、喜作は当時、腕の良いと評判であった富平という飾り職の親方の許に弟子入りすることができた。