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凍える月~吉之助の恋~
第14章 第六話 【対岸の恋人】 
 六十年前、喜作が捨てたのはふるさとの村だけではなかった。たとえ喜作が意識していたにしろ、いなかったにしろ、彼が切り捨てたものの中には母や妹の存在も含まれていたのである。今、涙を流すほど懐かしんでいた故郷を間近にし、その故郷を見ないで江戸に帰ると言う喜作の心持ちはいかばかりか、お絹はそれを思うとやるせなかった。
だが、喜作には喜作なりの想いがある。喜作がここで引き返すというからには、お絹もそれに従うのが良いと判断するより他なかった。
 秋風が二人の傍を吹き抜け、さわさわと薄がその黄金色の穂を揺らす。その優しくも物哀しい音色に静かに耳を傾けながら、お絹は黙って川を見つめた。
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