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凍える月~吉之助の恋~
第16章 第七話 【辻堂】  一
 お彩が見るところ、どうやら父は美人で評判の母を夜に外へ出したくはないらしい。お絹の店の名物「きつね蕎麦」は、たっぷりと時間をかけて煮込んだ油揚げと鰹風味の香る出汁が自慢である。
 自他共に「通」をもって任じる大店の旦那衆がわざわざ高級料亭ではなく、母の出す小さな屋台の店に遠方から通ってくるのだ。しかし、その中には純粋に蕎麦を食べたいという欲求に駆られてのみではなく、美貌の母とあわよくば近づきになろうという見え透いた下心を抱いている輩も確かに存在した。
 母は四つで生母を失い、十三でたった一人の父を流行病(はやりやまい)で失って苦労はしているはずだが、どうにも浮き世離れした―というよりは、どこか世俗の垢に染まり切っていないような純粋なところがあった。
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