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凍える月~吉之助の恋~
第16章 第七話 【辻堂】  一
 もし伊八が喜作にめぐり逢っていなければ、今頃、伊八はどうなっていたか知れたものではない。何しろ、頑固で偏屈なことでは知られていて、一人の弟子も取らないと名の通った喜作であった。その彼がたった一人弟子に迎え、己れの持てるすべてを伝えたのが伊八であった。だから、伊八にとって喜作は単に師匠・親方であるという以上に実の父親よりも強い精神的な絆で結びついている。
 喜作の作り上げた簪は当代の名品と呼ばれるにふさわしい風格と繊細さを兼ね備え、その卓越した技は「神の奇蹟」とまで讃えられた。時の将軍家やお大名までが喜作を贔屓にしたほどであった。一徹な喜作は栄誉や名声にはとんと関心がなく、一生涯を市井の片隅で一人の職人として過ごしたけれど、彼本人が望めば、公方さまお抱えとなることは満更夢ではなかったほどの人物なのだ。
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