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凍える月~吉之助の恋~
第16章 第七話 【辻堂】  一
 お彩を力一杯抱きしめてくれた母の胸は限りなく温かかった。お彩は母のやわらかな胸に甘えるように頬を押しつけた。
「おやおや、しっかり者のお彩が急に赤ン坊に返っちまったよ」
 口ではそう言いながらも、お彩の頭(つむり)を撫でるお絹の手は優しく深い愛情に満ちていた。
 それから四半刻ばかり後、お彩は母に急き立てられるかのようにして長屋を出た。甚平店は江戸のどこにでもあるような粗末な棟割り長屋である。お絹と伊八、お彩親子が暮らすのは木戸口からはいちばん離れた、奥まった一角であった。
 暦の上では秋とはいえ、まだまだ夏の名残の色濃く残った残暑厳しい八月の終わりのある日のことである。
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