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凍える月~吉之助の恋~
第16章 第七話 【辻堂】 一
お彩は愕いて、母を見つめた。母はお彩には頓着せず、道々摘んできた野菊を数本、石の前にそっと置いた。よくよく見れば、その丸くて小さな石は、誰かの墓石なのだと判る。
刻み込まれたらしい亡き人の名が長い年月、風雨にさらされ、殆ど消えていた。それが誰のものとは知らず、お彩は母に倣って小さな手を合わせ、自分も手にしていた黄色の小菊を一輪だけ手向けた。
「いつかこれをお前に渡そうと思っていたけれど、こうしてあの人の前で渡すことができて良かった」
しばらく黙祷を捧げていた母が懐から何やら取り出し、お彩に差し出す。お彩は黒くて大きな瞳を見開いて母を見つめた。母の手のひらにすっぽりと収まるほどの大きさのそれは、紅い鈴であった。生まれたての赤ン坊の握り拳ほどもあるだろうか。
刻み込まれたらしい亡き人の名が長い年月、風雨にさらされ、殆ど消えていた。それが誰のものとは知らず、お彩は母に倣って小さな手を合わせ、自分も手にしていた黄色の小菊を一輪だけ手向けた。
「いつかこれをお前に渡そうと思っていたけれど、こうしてあの人の前で渡すことができて良かった」
しばらく黙祷を捧げていた母が懐から何やら取り出し、お彩に差し出す。お彩は黒くて大きな瞳を見開いて母を見つめた。母の手のひらにすっぽりと収まるほどの大きさのそれは、紅い鈴であった。生まれたての赤ン坊の握り拳ほどもあるだろうか。