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淫徳のスゝメ
第3章 私が最も華やいだ頃のこと







 三谷原さん達とまる九十分雑談に興じた私は、昼休み、まづるさんと休憩室で落ち合った。

 彼女達は、いざ私がこのあとまづるさんに会うから同行しないか提案するや、辞退した。彼女ら曰く、憧れの同級生を間近で見ると、鼻血を噴いてしまうらしい。



「全く失礼な話だわ。まづるさんをメデューサみたいに」

「私からすれば、そこまでシャイな三谷原さん達が姫猫さんには普通に接しているのが不思議」

「興味がないからでしょ」

「こんなに可愛いのに」

「っっ……」


 花のような雰囲気が、私を包んだ。

 まづるさんのたわやかな腕がウエストを捕らえ、ロイヤルミルクティー色の巻き毛が、私の首筋をくすぐる。


 私は、息が出来なくなる。

 朝一番に仏野邸の温室から採れた苺を挟んだサンドイッチが、私の指で顫動していた。



「人妻キラーのお世辞なんて、信じられないわ」

「どうかなー。人の心は移ろいやすい。姫猫さんや遊くんを見ていたら、私も一生、唯子ちゃん達と付き合ってる気はしないんだ」

「私のことは、ずっと、友達だって言ってていて頂戴ね」



 返事はなかった。



 昼の番組がブラウン管を流れる休憩室は、学生達の談笑が絶えない。私の鼓動も、折り重なる夾雑音にかき消えている。


 まづるさんの腕が離れた。

 代わりに指が、私の髪を、頰からやんわりかき上げる。



「…………」

 私は、壁側に顔を向けた。

 唇が、媚薬のようなメゾの出どころに塞がれた。


「ん……」


 ちゅ……

 ちゅ…………


 死角に隠れて、まづるさんは私の苺のサンドイッチを齧った。私は、まづるさんのメープル味の卵焼きを齧った。


「はぁっ、……」

「結婚制度が、もし、こんなに傲慢でこんなに儚くなかったら、一番に貴女を選んでた」

「私も」


 一番に理解(わか)り合える、まづるさんのものになっていた。
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