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いとかなし
第16章 あをまつと きみがぬれけん
そっと離れた身体は、その物理的距離よりも遥かに遠く心離れていた。

啓司の歩幅はそれでも、いつもと同じ糸に合わせられていた。

「おやすみ」

階段を上がっていく啓司が振り向くことはなかった。

糸は一人湯船に浸かった。

ばしゃばしゃと忙しなく顔を洗い、涙を誤魔化した。

啓司が好きだと言った言葉に嘘はない。

けれど、心の何処かに賢都が確かにいる。

「私って…最低だ…」

愛されてるのに、まだ欲しい、また別の愛が欲しくなる。

頭がくらくらする。

胸焼けしたように気持ちが悪い。

ふらふらした足取りで階段を昇ると、啓司の部屋のドア、下の方から薄っすら明かりが漏れていた。

「啓司さん…私…」

ドアに縋り付くけれど、それ以上の言葉が出てこない。
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