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いとかなし
第8章 いろならば いづれかいかに
「お食事は18時半にお持ちしますね」

仲居さんが荷物を置き、お茶を淹れる。

「女性の方には大浴場の脇で、浴衣の貸し出しもしておりますので、お好みの一着をお探し下さいませ、ではごゆっくり」

仲居さんが退がると、糸は露天風呂へ続くドアを開いた。

「凄い…見て見て、テラスもあるの」

「本当だ、星空見て横になるとか贅沢だなあ」

糸の背後からテラスを見つめる。

背中に愛しい重みを感じて、見上げれば眼差しが交差する。

啓司の笑顔に糸は、込み上げてくる愛しさに混じるそれをひた隠していた。

「大浴場、行く?」

触れたいと思う。

手を繋ぐだけじゃなく、もっと…独り占めしたいと。

優しい瞳に、糸は自分の邪な気持ちを自嘲せずにはいられなかった。

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