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kiss
第10章 hand

 ケーキ。
 ケーキ。
 食後のケーキ。
 俺は脳内で口ずさみながらフォークを見下ろす。
 美浦も少し緊張した顔で黒い塊を見つめていた。
 傍らには空になった弁当箱。
 そう、残すはデザートだけ。
「僕から戴くよ。ハヤが僕に作ってくれたんだもんね」
「うんっ」
 ジャクリ、て。
 ケーキのSEじゃないだろ、どう考えても。
 生クリームを掬い乗せ、美浦がその物体を持ち上げる。
 パラパラと炭が零れた。
 あ、無理。
 無理です。
 一万円出されてもこれは食べれない。
 そう思った瞬間、美浦が豪快にそれを口に入れた。
 ザックザックと咀嚼音が響く。
 何故か隼も俺も固唾を飲んで美浦を見つめていた。
 ごくり、と喉仏が上下する。
 美浦は無言のまま日本酒を一気飲みした。
「……直彦」
「美味しい」
「え?」
「美味しいよ、ハヤ。こんなの食べたことない」
 だろうな。
 だが、隼の顔はパアッと輝いた。
「じゃあ、おれも」
 そう言って伸ばしかけた手を美浦が掴んで止めた。
 きょとんとした隼に、テーブルの下に隠していた包みを差し出す。
「わ。なあに?」
「開けてごらん」
 がさがさとビニールを捲り、包装紙を破る。
 中から現れたボールとチョコ菓子に、隼が跳び跳ねる。
「気に入った?」
「ありがとうっ、直彦!」
 もうチョコを食べている。
「ねえ、これ直彦一緒にやってくれる?」
 バスケットボールを抱えて。
「もちろん。明日は休みだから一日中付き合うよ?」
「やったぁあああああ」
 喜ぶ隼を眺めながらケーキを食べ続ける美浦。
 どう見ても表面は炭、中は生のケーキを一心に。
 愛だ。
 愛が為せる業だ。
 戻ってきた隼が空の皿を見て声を上げた。
「直彦ぜんぶ食べちゃったの?」
「うん、ごめんね。あんまりに美味しかったからさ」
「そっか、なら良かった!」
 俺はこっそりと水を注いで、美浦にそっと渡す。
「……悪い」
 隼には聞こえない声で。
 ぐっと飲み干し、隼の元に笑顔で向かう。
 すげえ。
 すげえとしか言えない。
 普段は一切甘いものを口にしない美浦が、生クリームまで残さず。
 少し残った欠片を俺は指で掬って舐めてみた。
 無味のクリームに焦げた生地。
 隼には悟られぬよう、食べさせぬようにって。
 自分だけが犠牲に。
 やはり愛だ。
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