この作品は18歳未満閲覧禁止です
![](/image/skin/separater38.gif)
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
kiss
第10章 hand
![](/image/mobi/1px_nocolor.gif)
ケーキ。
ケーキ。
食後のケーキ。
俺は脳内で口ずさみながらフォークを見下ろす。
美浦も少し緊張した顔で黒い塊を見つめていた。
傍らには空になった弁当箱。
そう、残すはデザートだけ。
「僕から戴くよ。ハヤが僕に作ってくれたんだもんね」
「うんっ」
ジャクリ、て。
ケーキのSEじゃないだろ、どう考えても。
生クリームを掬い乗せ、美浦がその物体を持ち上げる。
パラパラと炭が零れた。
あ、無理。
無理です。
一万円出されてもこれは食べれない。
そう思った瞬間、美浦が豪快にそれを口に入れた。
ザックザックと咀嚼音が響く。
何故か隼も俺も固唾を飲んで美浦を見つめていた。
ごくり、と喉仏が上下する。
美浦は無言のまま日本酒を一気飲みした。
「……直彦」
「美味しい」
「え?」
「美味しいよ、ハヤ。こんなの食べたことない」
だろうな。
だが、隼の顔はパアッと輝いた。
「じゃあ、おれも」
そう言って伸ばしかけた手を美浦が掴んで止めた。
きょとんとした隼に、テーブルの下に隠していた包みを差し出す。
「わ。なあに?」
「開けてごらん」
がさがさとビニールを捲り、包装紙を破る。
中から現れたボールとチョコ菓子に、隼が跳び跳ねる。
「気に入った?」
「ありがとうっ、直彦!」
もうチョコを食べている。
「ねえ、これ直彦一緒にやってくれる?」
バスケットボールを抱えて。
「もちろん。明日は休みだから一日中付き合うよ?」
「やったぁあああああ」
喜ぶ隼を眺めながらケーキを食べ続ける美浦。
どう見ても表面は炭、中は生のケーキを一心に。
愛だ。
愛が為せる業だ。
戻ってきた隼が空の皿を見て声を上げた。
「直彦ぜんぶ食べちゃったの?」
「うん、ごめんね。あんまりに美味しかったからさ」
「そっか、なら良かった!」
俺はこっそりと水を注いで、美浦にそっと渡す。
「……悪い」
隼には聞こえない声で。
ぐっと飲み干し、隼の元に笑顔で向かう。
すげえ。
すげえとしか言えない。
普段は一切甘いものを口にしない美浦が、生クリームまで残さず。
少し残った欠片を俺は指で掬って舐めてみた。
無味のクリームに焦げた生地。
隼には悟られぬよう、食べさせぬようにって。
自分だけが犠牲に。
やはり愛だ。
![](/image/skin/separater38.gif)
![](/image/skin/separater38.gif)