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kiss
第11章 neck

 それがきっかけになったかはわからない。

 ぼーっと街を歩きながら着信に光る携帯を耳に当てる。
「あらあ、ゲンちゃん。久しぶりー」
 コートを棚引かせながら秋空を眺めて歩く。
 ストレートにした髪が風に舞う。
「んーん。そういうんじゃないの。ただちょっと具合悪いのかも。そうそう、こないだの件ありがとうね。店の方に来てたわ。うん」
 白い息が漂う。
 そろそろ冬が来るのね。
 クリスマスソングは少し気が早すぎないって思うけど。
 煉瓦の街道を行く当てもなくぶらぶらと。
「そうねえ。ゲンちゃん髪伸びてきちゃったんじゃなあい? んふ。そっちの毛は知らないわよお」
 コツコツと。
 ヒールの高いブーツを鳴らしながら。
「やだあ。またそんなこと言って。んー……そうねえ、そのうちまた、ね。えっ? 違う違う、貰ってないわよ? どこも痒くなんてないし。ゲンちゃんのお店は信用してるんだからね。フフ、そうねえ。ハロウィン企画は気になるけど」
 信号に来て、眼を瞑る。
「今はいいわ、じゃあまたね」
 ピッ。
 青に変わる。
 足を踏み出した時、後ろから大きな体がぶつかった。
「きゃあっ」
 急いで踏みとどまろうとした瞬間、腰に手が回される。
 ふわっと宙に浮いた。
「すみません、お姉さん」
 踵が地面に着いてから振り返ると、長身の男が身体を支えていた。
 男の眼鏡が反射して顔がよく見えない。
「よそ見してて……」
「あ……やだあ、いいのよ別に」
 ぶんぶんと手を振って離れようとする。
 しかし男は腰に回した手を離してくれない。
 そうこうしてるうちに信号が点滅し、赤に変わった。
 なんなのよ。
 文句を言おうとした途端、男が眼鏡を外した。
 グレイの瞳に、深い涙袋。
 茶色の前髪が揺れ、陰影を作る。
「格好良い……」
「え?」
「あ、ごめんなさい。声に出ちゃった」
「ははは、有難うございます」
 んー、耳触りの良い低音ボイス。
 三十代ね。
 襟からちらりと髭が見える。
 立派な顔立ちじゃない?
「あの……手」
「ああ、すみません。つい」
 ついって何よ。
 離れた瞬間、その温もりが欲しくなる。
「私は飯塚慎二と申します」
「あ、えと……りょ、違う。江美って言います」
「江美さん?」
「はぁい」
 本名を言うところだったわ。
 余りに最近ご無沙汰していて忘れかけてたのね。
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