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kiss
第11章 neck
「僕の家に来ませんか」

 声が微かに震えてる。
 顔を起こすと、飯塚が真っ赤になっていた。
「んふ」
「なっ、笑わないでくださいよ」
 笑うわよ。
 結局びくびくしてたのね。
 あんなに素敵なこと言いながら。
 緊張して赤くなって。
 やっぱり見かけ倒しなんだから。
 いいえ、違うかしら。
 さらりと言える人なんていないのかもしれない。
「それってプロポーズ?」
「どうでしょう?」
 あら。
 意外に素敵な返しじゃない。
 きゅ、と飯塚の手を握る。
「すごく素敵だけど、また逢えたらにしましょ」
「え?」
「アタシね、苦手なの。誰かの家に行くの」
 これもわからないでしょう?
「昔はね、デリヘルみたいな仕事をしてたの。男相手にね」
 葵みたいに。
 首元を摩る。
「その時ね、客にこう……首絞められたの。ヤってる時によ? 喉仏を締め付けられて、息が出来なくて……」
 よく覚えてる。
 忘れる訳がない。
 男の汗ばんだ手と、荒い息。
 睫毛の本数が見えるくらい視界が狭まって、背景が霞んでいった。
 全身を揺らされながら、段々意識が遠くなって。
 目を、閉じたんだった。
 死ぬんだって。
 殺される、とかは思わなかったわね。
 ああ、こうして死ぬんだなって。
 恐怖が一気に襲ってきたのは、朝になってだった。
 気絶して酷い頭痛で目が覚めて、傍らに眠る男を見たときだった。
 言いようもない震えに包まれて。
 鏡を見て、首に残る赤い痕を指でなぞって泣いたのよね。
 あの頃はまだ肩までの髪だったから、ちくちく当たって痛かった。
 でもそんなことはどうでもよかった。
 一刻も早く逃げ出したくて。
 呼び出しのポケベルが鳴るのを必死で祈って。
 男が目覚めないようにって。
 シャワーも浴びずに着替えを済ませて玄関でガタガタ震えてた。
 怖かった。
 客が指定した場所に定められた時間を拘束される。
 誰からも連絡はこないし、誰も助けになんか来ない。
 それがどんなに怖いことか思い知った。
 それからね。
 バーに異動して、自分の部屋でしかセックスしなくなったのは。
 自宅以外誰とも密室で二人きりになんかならない。
 絶対に。
「そういうわけなの」
 飯塚は、静かに抱いていた手を下ろした。
 そして頭を押さえて呟いた。
「なんて人だ……」
「んふ。引いた?」
「貴方じゃない。その男」
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