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kiss
第2章 gloss
 換気扇を回して切った材料をフライパンに投下する。
 すぐに茶色く染まる。
 油の温度は良かったみたいだ。
 鼻唄混じりに調理をしていると、頭を押さえた忍が現れた。
「あっ。忍」
 気絶から覚めたようだ。
 オレは菜箸でフライパンの中身をかき混ぜながら微笑む。
 だが返ってきたのは冷たい眼。
「あっ。忍じゃねえ……人の台所でナニやってんだ」
「いや、ほら忍低血圧で倒れたからさ。ちゃんと肉補給しないと」
 フライパンを持つ手を忍が掴む。
 細く、白い手。
 俯いた顔は髪で見えない。
「……忍?」
「俺の貴重な肉になんてことしてんだ、てめぇは」
 菜箸を奪い取られる。
「ちょっ」
「バカじゃねえのか、バカか! 肉ってのは草と違ってかき混ぜるもんじゃなくてひっくり返して形を崩さずに調理するもんなんだよ。せっかくの汁が全部染み出して何の風味も残らねーだろ」
 突然饒舌になったかと思えば、長い黒髪を耳にかけ、真剣な目で肉を炒める。
 オレは固まってその横顔を見つめていた。
 不意に手を差し出されたので、反射的に握手する。
 すると忍が化け物でも見るような目で顔をしかめた。
「誰が料理中に握手を求めんだよ。さっきのドレッシング貸せ」
「あ……はい」
 キャップを捻る細い手を眺める。
 肉に液体が絡んでいく。
 なんかこの表現エロい。
 オレはぼーっと忍の手つきを観察していた。
「皿」
「これでいい?」
 オレは白いプレートを渡す。
 無言で受け取り、オレンジのソースに包まれた牛カルビを盛り付ける。

「……うまそう」
「やらねーぞ」
「なんでだ! オレも手伝ったじゃねえかよ」
「前から思ってたんだけどな……ベジタリアン並に野菜を愛してるクセになんで肉も食えんの」
 愛してる。
 オレはその言葉から先を聞いていなかった。
 忍がそばを通るとき、淡い甘い香りがした。
 バッと振り向くと、彼はベッドにもたれて料理を頬張っていた。
 藍のタンクトップに黒いジャージ。
 斜め上から見たので、タンクトップの隙間から胸が丸見えだった。
 口を押さえて冷静になろうとする。
「おい、拓」
「えっ?」
 忍が箸を上下して招く。
「一口やるよ」
「ええっ? いいのか!」
「あ?……なにに喜んでんだ、気持ち悪い」
 オレは小走りで忍の前に行き、腰を下ろした。
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