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kiss
第13章 arm
 
 麻雀が三局ほど終わってから侑都と萌未は帰った。
 一人勝ち続けた奈津は机に腕を投げ出して完全に脱力していた。
 眠そうに目を細めて溜め息。
「疲れた」
「今日は来るの遅かったよね奈津」
 腕を組んで顔を埋める。
 颯は向かいの椅子に座った。
「ん……仕事がね」
 ふわあと。
 何て言えば良いかな。
 眠りに落ちそうと言うよりも、そのまま何処かに漂っていきそうな気だるさ。
 奈津はそんな空気を纏う。
 掴んでも浮かんで逃げていきそうな、不思議な無力感。
「なあ、奈津」
「……なに」
 返事が一拍遅い。
 本当に眠いんだろう。
「明日さ、映画でも観に行かね」
「颯と……良いけど」
「いいの?」
「なんで」
「奈津がおれと出掛けるとか初だし」
 顔をあげた奈津が首を傾げる。
「そうだっけ」
 本音か誤魔化しか。
 とにかくおれにとっては待ち望んでいた機会だ。
「朝十一時に出発な」
「りょーかい」
 椅子から立ち上がり、出口に向かおうとすると、奈津がギシリと音を立てた。
 振り返ると、投げ出した腕にもたれかかって上目遣いにこちらをじっと見ていた。
 なんだ。
 颯は妙にざわめいた。
 挑発的?
 官能的?
 なんでそんな目が出来るんだ。
「颯」
「なに?」
「おいで」
 唇の動きだけで俺を支配する。
 足が床を擦って奈津に向く。
 目の前に来るとニヤリと笑むように眼を細めた。
 このまま吸い込まれるんじゃないか。
 そんな感覚すらした。
「奈津……?」
 そこで視線がすっと外され、立ち上がった奈津が言った。
「銭湯にでも行こうか」
 何か期待はずれな気分に襲われた。

 半時間後、颯と奈津は近くの銭湯に来ていた。
 萌未と侑都も電話で誘ったが、バーで自棄酒すると行ってしまった。
 湯気に包まれ、威力の調節できないシャワーを浴びながら、疲れた身体を揉む。
「なあ、颯」
 シャンプーをわしゃわしゃと泡立てながら奈津が言う。
「いつまででもうちにいていいからな」
 泡が垂れてくるのも構わず此方を見て。
 颯はぽかんと奈津を見返す。
「どうしたよ、いきなり」
 ざあっと勢いよく髪を洗う。
 黒いヴェールのように流れる髪。
 きらきらと蛍光灯の光を反射して。
「俺はさ、お前との同居生活? 慣れちゃったんだよな」
 豪快に前髪を搔き上げ、にこりと。
「迷惑っつってなかったっけ」
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