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kiss
第13章 arm

 ご主人様。
 逆らえない存在。
 そいつは俺をたまに呼び出しては抱いて囁く。
「お前は殺すためだけに生きてるんだよ」
 唇を貪られ、目隠しをされて快感に溺れさせられて。
 思考もままならぬ中で洗脳されていく。
 ぐちゃぐちゃの体と脳味噌。
「颯。疾風のごとく無価値な人生を終わらせてしまえ」
 銃口を突きつけては笑うご主人様。
 戯れだ。
 殺人だってこの人にとっては戯れなんだ。
 俺を飼うことも。
「はい。そう致します」
「死体を積み上げて死ね。それだけがお前の存在意義だ」
 じゃあ、いつか。
 いつかさ。
 あんたもその山に加えたって文句はないよな。
 なあ?

「ご飯食べてこうか」
 翌朝奈津が用意をしながら云った。
 外食か。
「ぎとぎとの拉麺食いたい」
「朝から?」
「じゃ、ハンバーガー」
「若いね、颯は」
 外に出てぶらぶらと歩く。
 ウエストポーチに仕込んだ銃が重い。
 邪魔だな。
 奈津と遊ぶにはこんなもの邪魔だな。
 自嘲が零れる。
 ばあか。
 逆らえないくせに。
 カツカツ。
 コツコツ。 
 揃った足音が耳に残る。
 スニーカーが四足。
 息を合わせて。
 カツカツ。
 コツコツ。
「颯」
「なあに、奈津」
「手を貸して」
 ふっと風が吹いた。
 立ち止まらずに手を差し出す。
 きゅ、と包まれる。
 そのまま二人は歩き出す。
 繋いだ手が離れぬよう合わせながら。
「今日は良い天気だ」
 そうだな。
 今のまま前を向いててくれ。
 意味がわからない涙なんて気にしないで。
 手の先のぬくもりだけ意識してさ。
 ただ、歩数を合わせてゆっくり。
 ゆっくり。
 今日を味わおう。
 もう二度と来ない今日を。
「良い天気だな……」

 映画館は、これで経営が成り立つのかというほど空いていた。
 目当ての作品のチケットを買い、適当に飲み物をチョイスする。
「奈津、そろそろ入るよ」
「久しぶりだなあ、映画館。侑都と来た以来だ」
「いつ?」
「去年のどっか」
「なに見んの」
「ロマンスナイト」
「男二人で? さむっ」
 想像したら笑えた。
 あのごつい侑都と奈津が。
 無言で。
「ふっはは」
「笑いすぎ」
 むにっと頬を摘ままれる。
 笑顔で。
 ばちんと目線が重なった。
 やっぱ綺麗だ。
「なんで映画館?」
「え?」
「エロいことしちゃうじゃん、俺」
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