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kiss
第13章 arm
暗くなる館内で、妙に心臓が騒ぐ。
小さな映画館なので座席は五十ほど。
貸し切りの中、ど真ん中に並ぶ。
注意事項のビデオが流れ出す。
他に客がいないから、あまり関係ない。
肘掛けに置いた腕が汗ばんでる。
なんでだ。
あんなこと言われたからか。
映画館を選んだのは、奈津が来てくれそうだったからだ。
食事とかショッピングとかじゃ乗らないだろ。
だから。
なんとなく。
エロいってなんだよ。
そういう場所なのか。
狙ってると思われたのか。
悶々。
くそ。
今夜のことで頭一杯なのに。
奈津は真っ直ぐ画面を観ている。
ああ、なんだ。
焦ってるのはおれだけじゃねえか。
馬鹿馬鹿しい。
心拍が落ち着いていく。
普通に楽しもう。
この時間を。
そう決めた矢先、首筋を緩く捕まれ、奈津の方を向けさせられた。
「な……」
柔らかい感触が唇を包む。
熱い舌先が触れあった途端、力が抜けた。
スクリーンから光が瞬いている。
大音量が遠ざかって……
頬に指が触れてはなぞって落ちていく。
迷っているように。
くすぐったくて、ざわざわする。
「ん……ぅ」
チュプリ、と空気を求める度に音が響く。
奈津。
奈津しか考えられない。
おれはすがるように奈津の膝に這って上った。
狭い椅子の上で重なる。
額をくっつけて、フフフと笑い合った。
心がむず痒いような幸福感。
ずっと、こうしたかったんだと。
言葉にせずとも囁きが聞こえた。
奈津の肩に手を置いて、もう一度口づける。
今度は苦しいほど貪られた。
映画館から出て、手を繋いで歩く。
太陽は既に傾き始めていた。
ただ、歩調を合わせて歩く。
満ち足りてるって顔して。
そうか。
初めから、これがおしまいで。
ここに来たら、終わりだって。
「奈津、この店入りたいんだけど」
「いいよ」
小さなカウンター四席のバー。
おれのご主人様が、最奥にいる。
さあ、おしまい。
遊びも夢も、もうおしまい。
「ジントニック二つちょーだい」
「畏まりました」
毒リンゴのお出まし。
黒いテーブルに置かれたグラスで控えめに乾杯する。
「颯との初デートに」
「……おう」
「これからもよろしくね」
悪魔。
滑稽で笑い転げてるだろう?