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kiss
第16章 blood 未完
外観を見て大枠を判断できる人間の目の精巧さと第六感の鋭さと判断基準の贅沢さは、時たま興を削いでいく。
冬矢の素晴らしいところは僕を落胆させたことがない点だ。
「黒レンガとか、趣味悪い」
「いい趣味だと思うよ。永夏の家みたいで」
「僕は家を持ってないだろ」
「持つとしたら、だよ」
「蔦に覆われた洋館?」
「ランプの灯りに包まれた館じゃないかな」
「大金が必要だ」
ダンッと敢えて音を鳴らし、車の扉を閉め合う。
こういうところは品がなくていいんだ。
なんだあいつら、そう思われてもいい瞬間が一日のうちに何回かはある。
イタリア製の革靴を鳴らしながら冬矢が続ける。
「君が住みたいならいくらでも出したいな」
「建てるとこから?」
「その間の借宿が必要になるじゃないか」
「城みたいなホテルを渡り歩くのも洒落てる」
「顔が無粋だよ」
「失礼な」
雑談を転がしながら、妙に重い装飾の細かな木扉を押し開いて、冬矢が恭しくエスコートする。
出会ったときからそうだった。
冬矢はずっとそうだった。
いつだって僕を最優先に扱い、割れ物でも触るように、そして心底幸せそうに見つめてくるのだ。
かけがえのないもののように。
二度と手に入らぬ宝のように。
残念だが僕はその器じゃない。
しかし冬矢はそれを認めない。
彼の中で僕は世界一で認定済。
冷気を伴いながら足を踏み入れると、橙の肌をぬくもらせる程度のランプが並ぶ通路を抜けて、挽いた豆の香りが漂い鼻孔をあっというまに埋める空間に包まれていく。
「いらっしゃい」
三倍は歳を重ねているであろう銀髪のマスターのしゃがれた声に不覚にも聞き入りながら、促されたソファ席におとなしく座る。
店内は十五席ほどで、客は隅に二組のサラリーマンだけだった。
平日の昼下がり、営業だろう。
「何にする?」
「エスプレッソ」
「ウィンナーコーヒー。マスター」
「聞こえたよ」
ガリガリと耳障りでいて、ずっと聞いていたい音がカウンターの中から響いてきた。