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kiss
第3章 lip
 携帯を取り出し、ネットを眺める。
 そこで知り合った住民と文字で会話する。
 ネットはいい。
 名前なんて無限に偽れる。
 僕は女に間違われたりしない。
 寝返った時、クシャ、と音がした。
 ポケットを探ると手紙が出た。
 そうだった。
 僕はアドレスを思い出す。
 くだらないけど、無視するのもつまらない。
 挨拶くらいはしておくか。
 直接入力で打ち込み、こんばんは、とだけ送る。
 すぐに返信が来た。
―浅宮さんですか?―
 僕以外ならどうするつもりだ。
 苦笑して、そうです、と返す。
―うわあっ、良かった。メールありがとうございます! 一回会ってくれませんか―
 この娘、随分打つの慣れてるな。
 僕は迷った。
 メールなら気楽だが、直接会って話すのは好きじゃない。
 しかし、僕と同じくネットの世界に生きている臭いがする相手に興味を持った。
 送って一分以内に返信が来たら、会ってみよう。
 僕は簡単な賭を楽しみながら、どこでいつがいいですか、と送った。
 時計を見る。
 三十秒が過ぎる。
 さて、来るか。
 五十秒。
 僕は起き上がって、ドキドキ待っていた。
 五十六…五十七。
 来ないか。
 五十九。
 チャラリン。
 初期設定のメロディーが鳴った。
 うん、合格でいっか。
 僕は少し微笑んで携帯を取ると、メールを開いた。
 場所と日時。
 丁寧に、待ってますとの挨拶も添えて。
 会うだけ会おう。
 現実の僕に、この主はどんな顔をするんだろう。
 楽しみな自分がいた。

 日曜日。
 母が買ってくれた新品の服を着て、下に降りる。
 僕を見た母は、ガシャンとお皿を落とした。
「…なにしてんの」
 耳を塞ぎながら毒づく。
「あ、いや。凄く似合ってるわね」
 割れた破片をかき集める母に箒を渡す。
 時間はもうすぐ。
 遅れたくない。
「デートかしら?」
 玄関に顔を覗かせた母に笑う。
「どうだろうね」

 息子が出て行った扉を見つめ、彼女は深く息を吐いた。
 自分が名付けた名のせいで、彼が苦しんでいるのはよくわかっている。
 名前なんて親の最大のエゴ。
 理由は話した。
 彼がお腹に宿る間に亡くなった前の子、彼女の娘の名前。
 親戚全員に反対されたが、きっと二倍に愛情を注げると思った。
 いつも独りの息子に後悔した。
 人に会いに行くなど、初めてだ。
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