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kiss
第5章 touch
 こんな仕事をしていると、見たくないものも沢山見ざるをえない。
 薬を頼む奴等の淀んだ瞳。
 銃を手にする少女。
 首輪を付けて、うずくまる少年。
 目の横で犯される女性。
 遺書を書く男に見守る女。
 悲しいことに慣れてくる。
 こんなものかというほど。
 鵜亥のような男もよくいる。
 一見組合のトップのようだが、実際は人身売買の一味。
 俺は鵜亥が巧を奥の部屋に連れて行くのをぼんやり眺める。
 硬直した顔。
 力の入った肩。
 大体想像つく。
 暴力の跡は殆どない。
 あるのは心の傷だろう。
 まだ少年に近い歳なのに、なにがあって売られたんだろうな。
 いや、もしくは最近騒がれている男児誘拐の一種か。
 階段を下りながら考えを払う。
「なぁ! 運び屋」
 振り返ると、上階から身を乗り出して銃を構える汐野がいた。
 何度も突っかかってきたあの男だ。
「なんです? サイレンサーも付けていない癖に撃つ気ですか」
「最近のサイレンサーは見た目じゃわからんのやで」
 ただのふざけ。
 汐野は銃を仕舞い、ニヤニヤと見下ろして来る。
「余計なことしたらあかんで?」
「客の内情に踏み入るほど狂ってはいませんから」
「あー……ほんまムカつくなお前。鵜亥さんもよくわろえたもんや」
「失礼しても?」
「おう。はよ、行け」
 自分で呼び止めておいて、随分な言い草だ。
 汐野はビルが視界から消えるまで、ずっと監視していた。
 用心深いことで。

 一日に仕事は大抵二件だ。
 次のは楽だった。
 廃工場にボストンバックとパスポートを届ける。
 四人分。
 あまり良くないことだが、俺は車の中で写真を確認した。
 見覚えある顔が一人。
 巧と呼ばれたあの男。
 いや、青年か。
 煙草をくわえて、もう一度見る。
 やはり、あいつだ。
 ということは……
 廃工場に目をやる。
 待ち合わせは五ブロック先。
 鵜亥の気配を感じる。
 もちろん本人はいないだろうが。
 他の三人も同年代の青年、少女。
 頭を押さえる。
 アクセルを踏む足から力が抜ける。
 いつもの嫌悪感。
 痛い。
 ハーブタブレットを噛み砕く。
 車を目的地に止める。
 一人の男が待っていた。
「時間通りですね」
「キナ卿ですか」
 男が苦笑いする。
「そんな名前で通ってたんですか」
 荷物を渡す。
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