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kiss
第5章 touch
「パスポートは?」
 男がバックを見下ろす。
「依頼品は一つですよ」
「おかしいな。四人分、パスポートも頼んだはずだが」
 冷たい風が吹く。
「電話を掛けてもいいですか」
「ええ。確認してください」
 俺は携帯を取り出し、自分の家に掛ける。
「ああ、フランです。今回依頼されましたパスポートが届いていないのですが……ええ。先方はそばにいます。はい」
 適当に演じて切る。
「申し訳ありません。明朝お届けしてもよろしいでしょうか」
 相手の表情が変わる。
 怒りじゃない。
 怯えと焦り。
「明朝……? 困りますよ」
 困るだろうな。
 こういう業界は簡単に命を奪われるから。
「今すぐ手配出来ないんですか」
「ええ」
 さあ、頷け。
 早く鵜亥に伝えろ。

 車を走らせながら、眩暈がする。
 なぜこんなことをしたんだ。
 多分、あの男以上に自分の方が生きる可能性を絶たれた。
 何のために?
 信号でハンドルを殴る。
 これで七年続いたこの仕事も終わりだ。
 銀行で金を全て下ろす。
 すぐに半分は外貨に変える。
 仕事用の口座はもう凍結されてしまった。
 あの男か。
 いや、鵜亥だな。
 うちの会社に連絡をとれるのは鵜亥並みの人間しかいない。
 となると……家に帰るのは自殺行為だな。
 車がたどり着いたのは、鵜亥のビルだった。
 降りようか迷う。
 このパスポートを渡らせたくない。
 だが、すぐに他社に頼んで手に入れるだろう。
 ただの時間稼ぎにしかならない。
 脳裏に浮かぶ青年。
 ダッシュボードから銃を取り出す。
 依頼人が部屋で息絶えていた時に拝借したものだ。
 考えれば俺は結構綱渡りしている。
 小さく笑い、ドアを開けた。
「離せっ」
 鼓膜がその叫びを捕らえたのは、足が地面に着いた瞬間だった。
「謝ったやんか」
 意外でもなかった。
 そんな気がしていた。
 巧がいた。
 ぶつかって絡まれたんだろうか。
 隠れもせずに近づく。
「何しているんですか」
 驚いたのは巧だ。
「な……なんや、お前」
 自分に問いたい。

 そして、今に至る。
 明け方に巧を連れ出して、とりあえず喫茶店に落ち着いたものの、特に案もなく時間だけが過ぎる。
「あんな、そろそろ鵜亥さんとこ帰らなあかんねん」
「売られに?」
「え……」
 やっぱり知らなかった。
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