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kiss
第5章 touch
「な……ん、やソレ」
 訳を聞いた後のショックは大きいようだ。
 車の中で巧は震える。
 艶のある黒髪を掻き毟る。
 目は見開いたまま。
「んなわけないやんか……鵜亥さんがオレを……そんなわけっ」
「家は?」
 巧がその質問を認識するまで時間がかかった。
 微かに首を振る。
「鵜亥さんに拾われたんか」
「そうやっ」
 苛々した声。
「鵜亥さんが信用できるか」
「できるに決まっ……」
 言葉が切れる。
 可哀相だな。
 子は親に逆らえない。
 ペットは主人に逆らえない。
 俺は煙草をくわえた。
 火を点けて、真実を語る。
「あの鵜亥って男はな、堺でも有名な人身売買の組織の一味だ。最近は港も警戒を強めている。密航よりもずっと安全な、パスポートで堂々と外国に渡らせて、日本よりも網目が広い国で売る。それが奴の手口だ」
「ちょっと黙れやっ!」
 好きなだけ叫べばいい。
 この車は防音だ。
 帰りたいなら帰ればいい。
 俺はどうこうする権利もない。
 仕事と命の保証と引き換えに救った青年。
 この先どうなろうと彼の自由だ。
 ブツブツと何かを唱える巧。
 今は俺がいるのも忘れているかもしれないな。
 自嘲の笑いが洩れる。

「お前は大丈夫なんか」
 長い沈黙のあと、巧が言った。
 まさか第一声がそれとは。
「なにが?」
「鵜亥さんは……怖いで?」
「知ってる」
 ああ、よく知ってる。
 うちの同僚も六人消えた。
 消された。
 順番巡って俺の番だった。
 まさか死神までついてくるとはね。
「ぅう――! くっそ! どないせぇっちゅうねんっ」
「逃げれば?」
 ポカンと俺を見る。
 まさに犬小屋の犬に言ったら同じ反応をしそうだ。
 思いつきもしなかったって顔。
 阿呆面。
「わざわざ奴隷になりに戻るよりかはよっぽどマシだろ」
「標準語やめぇや」
「仕事柄こっちが慣れていてね」
 頬を膨らませて、腕を組む。
 深くにも、可愛いなどと思ってしまった。
 父親のような気分だ。
 息子がやんちゃして、そこから更正させる。
「よっし、決めた」
 大きく息を吐き出し、巧は真顔になる。
 なにを言うつもりかな。
 白い煙が漂う中で、つぎの台詞を待つ。
「オレを買うてくれへんか」
「……は?」
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