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kiss
第8章 reach
その日は大学の講義で家から離れた街に来ていたから、すぐに休める場所は一つしかなかった。
シャワーを温水に調節しながら、横に座る男を見る。
男二人でラブホ、ね。
俺は意識をシャットアウトしながら、服を脱がせた。
たくさんの黒痣に目を疑う。
触れると、あんなに冷え切っていた体が発熱している。
このままだと絶対風邪ひくな。
いや、もう遅いか。
べたついたアイスを流し落とし、軽く擦って清める。
起きるかと思っていたが、その間もずっと意識はなかった。
よほど疲れていたんだろう。
眼の下にはどす黒い隈ができていた。
下着に手をかけるときは流石に目を逸らした。
備え付けのタオルで拭い、適当にバスローブを着せてやる。
雨の中では真っ黒な服だったが、白いローブがやけに似合っていた。
ベッドに横たわらせて、これからどうするか考える。
身一つだし、金も持っていないんだろう。
このまま放置するのは気が引けた。
それに、色々気になることもある。
ズボンのポケットにはびりびりに破かれた万札が数枚入っていた。
ベッドのそばに腰を下ろし、縁に腕をかけもたれる。
中性的な小さな顔。
ふっくらした唇に、白い肌。
肩までのクセっ毛。
犬みたいな、猫みたいな。
耳にはリングピアスが三つ。
どれも肌に食い込むように痛々しい。
あんまり観察するのも変に思い、立ち上がって洗面所に行く。
さっきは気づかなかったが、色々と置いてある。
甘い香りも吸うのが躊躇われてきて、ざっと腕を洗うとすぐにその場を去る。
つい声を上げてしまった。
ベッドの上で、彼が起き上り茫然と窓を眺めていたから。
「起きたか?」
「お兄さん……はじめまして?」
「あ? 一応な。いきなり河原でぶっ倒れるから放っとけなくて」
ふうん、と唇を曲げると、バスローブを弄り出す。
「裸、見た?」
俯いたまま云うから感情が分からない。
「あのままじゃ風邪ひくから仕方なくな。言っとくが俺は」
「おれに欲情してくれないんだ?」
こちらを向いた眼の妖艶さに背筋が冷たくなる。
なんだ。
灰色の日光を浴びた、翡翠色の目。
呑まれそうな黒い影。
見たことない。
こんな挑戦的な余裕ある眼。