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kiss
第8章 reach
「……いくつか聞きたいんだが」
 その目線から逃れるようにベッドに腰掛ける。
「なに?」
 その間も背中に視線を感じる。
 シーツに足が這う音がする。
「その、お前が心配っていうか」
「ああー、首と腕の話? 全然。あれは一か月前のだし。結構強くヤっちゃったからまだ治んないけどね。痛みもないよ」
 つい振り返ってしまう。
「あのな」
「光樹」
「あ?」
 髪を耳にかけながらもう一度言う。
「おれの名前。光樹って云うの」
 外からは雨の音。
 ザァーザァーって単調に。
 俺は眼を見開いたまま、自分には理解できない生き物に遭遇した気がした。

 外から帰って、鍵を開けると光樹がわざわざ出迎えに来た。
「おなかすいたー」
「だから買ってきてやったんだろが」
 本当に犬みたいに、俺から袋をひったくってベッドに飛び乗る。
 ぶんぶん振る尻尾が見えるみたいだ。
 袋の中を妙にがさがさといじっている。
「おれメロンパン貰うね」
「どーぞ」
 煙草を取り出しながら答える。
 寝室に入った途端、光樹が怒ったように近づいて煙草を奪った。
 パンをくわえたまま。
「んうーん」
「え?」
 灰皿に投げ入れ、なんとか口の中のを飲み下す。
「おれ、煙草アレルギーなの」
「聞いたことないぞ」
「でもそうなんだって」
 またベッドで足を伸ばして座り、緑のパンにかぶりつく。
 俺は首を振りながら、ビニールからおにぎりを取った。
 南高梅の。
 海苔の上手い付け方が未だにわからなくて、無残な形になる。
 それを見上げて光樹がクスクス笑う。
「笑うな」
「おれがやったげるのに」
「別にいい」
 出会って二時間。
 実質俺が外に出ていた時間と、光樹が眠っていた時間を差し引くと三十分も共に過ごしてはいないだろう。
 正直早く帰りたい。
 こう、背中がずっとむず痒い。
 苦手なタイプなんだろう。
 クラスにいたら絶対卒業までは関わらないタイプ。
 直感でわかる。
「ごちそーさま」
 光樹は包みをぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に放り込む。
 それからそばの机を探る。
「おい」
「へえ。色々あるね」
 食べ終わったおにぎりの包装紙を捨てながら光樹の手を制する。
 丁度、媚薬を持った手を。
 透明な液体が光りながら揺れる。
 その光に合わせて光樹の目も艶めく。
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