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kiss
第8章 reach

「ねえ」
「……なんだ」
「なんでこの瓶空いているんだろうね」
 眩暈がしたのは、その瞬間だった。
 否、今まで気にしないようにしていた感覚が一気に襲ってきた、が正しい。
「まさか……」
「これさ、おれがいつも使っているタイプなんだけど弛緩作用もあるんだよ? 少量でも結構効くのね。流石におにぎりに付けたことはないけどさー。梅の匂いに上手く消されてくれたって感じ?」
 ガッと机に手をつく。
 その肩に光樹が抱き付く。
 甘い香りがした。
「あんたっておれと全然違う世界に住んでるんだね」
 押し返そうとしても力が出ない。
「普通は赤の他人の隣で何かを食べたりなんかしちゃだめだよ。何を紛れ込まされるかわかったもんじゃないのに」
 煩いくらい喋る。
 光樹はそっと俺をベッドにもたれかけさせると、ニィッと笑んで唇を重ねた。
 拒絶したくても唇が自然と空いてしまう。
 舌を絡み取られ、音を立てて吸われる。
 腿に乗った腰が擦り付けるように揺れる。
「はっ……んん」
 息継ぐ間さえ与えてくれない。
 頭がぼうっとしてくる。
 唇を軽く噛んで離れた光樹は見せるように舌をちらつかせた。
「ちょっと煙草の味がするのが残念」
「か……ってにしといて……」
「ふふー。もっと早く会ってたらこのまま連れ去られたいのにな」
 連れていく、とは違うのか。
 自虐的に微笑む俺の頬に触れる。
「おれ、もうすぐ売られちゃうの。もともと商品なんだけどね。すっごい厭な奴に売られちゃうの。死ぬまでそいつのアレを咥えて過ごすんだって」
 軽い口調で言った後、空しそうに俯く。
 俺は震える手で、そっと腕をつかんだ。
 はっと顔を上げた光樹が目を丸くする。
 自傷の跡を舐める。
 びくんと腕の筋肉に緊張が走る。
 仕返しだというように歯を立てて、歯型を残す。
 離されるとすぐに光樹がまたキスをしてきた。
 情動的な。
「本当に……会いたかったなあ。雨が好きなあんたに」
 お互い濡れた唇を拭いもせずに見つめ合う。
「もう少しだけ……もう少しだけ一緒にいたいんだけど」
 雷が鳴る。
 一瞬部屋が真っ白になった。
 それを境に光樹の顔から表情が消える。
「薬を盛ったのは、おれの身元がばれると困るから。あんたを動けなくして出てくため」
 冷たい声。
 俺が買ってきた服に着替えて。
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