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kiss
第8章 reach
「あんたが救わなくても、きっと奴らがおれを迎えに来たはずなんだ。だから、今度おれが死にかけても無視してよ」
「それは……」
かろうじて出た声を押し出す。
光樹が扉に手を掛けながら振り返る。
「無理な、相談だ」
泣きそうに笑って。
そうまでしてどこに行かなきゃいけないのか。
「ありがとね」
音が消える。
静寂の中、閉じた扉を一瞥して脱力する。
全部が幻覚だったみたいなぼんやりとした灰色の世界。
厚い雲に垂れ流しの雨。
俺は天井を見上げながら唇をなぞった。
まだ、唾液に濡れた唇を。
夢じゃない。
確かにいた。
悪魔とも天使ともとれる青年。
「光樹……」
何歳だとか。
どこに住んでるとか。
なにが好きかとか。
何にも知らない関係なのに。
媚薬盛られて好きに弄ばれたこの感じはなんだ。
静かに笑う。
それから眼を閉じた。
凛という男に会ったのは、その二週間後だった。
正確には十二日後だが、どうでもいい。
「よお、雨男」
その日も雨だった。
突然来訪した不躾な男に顔をしかめたが、光樹の名前が出てきて立ち止まったんだ。
「なんで俺の家、知ってんの」
「あいつが大事に持ってたメモに書いてあってな」
そこで凜はドアのチェーンを指で叩く。
「開けてくれないか?」
「あんたが光樹の関係者なら尚更いやだね」
低く笑うと、長い指で鎖を掴む。
その根元を器用に外し、持ち上げた。
チャリン。
支えを失った鎖が壁にぶつかる。
「外せるなら訊くな」
毒づくと同時に、乱暴に扉が放たれる。
凜の後ろにいた男たちが部屋に押し入ってきた。
「なんだ……」
面倒事に巻き込まれる予感にうんざりする。
腕を締められ、無理やり跪かされる。
膝が痛い。
見上げる形になった凜がほくそ笑む。
「光樹が雨男に会いたがっててな」
「関係ない」
「そういうな」
「関わりたくないんだよ」
「もう既に関係者だよ、雨男」
ガツンと。
容赦ない気絶のさせ方だな。
光樹とは天と地の差だ。