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真珠浪漫物語
第16章 訪問者
当麻はゴブラン織りのアンティークの椅子に座り、向かいに座る綾香を熱く見つめた。
…浅草カフェで歌を歌い始めた頃、綾香は荒削りで尖った美しさを持つダイヤモンドの原石の様な少女であった。
美しいが頑なで無愛想な…しかし、天才的に歌が上手い少女だった。
当麻は出会ってすぐに綾香の歌とその類稀なる美しさに惹かれ、あっけなく恋に落ちた。
綾香は、美しいが警戒心の強い野良猫のような少女だった。人間に全く懐こうとしない、笑顔が少ない美少女…。
それが綾香だった。
当麻は辛抱強く綾香に話しかけ、笑いかけ、時間をかけて距離を縮めていった。
だから綾香と初めてキスを交わした日のことは今でも忘れられない。
店が終わり、誰もいない薄暗い舞台で二人で手を取りダンスを踊った…。
蓄音機から流れる甘く切ない愛の歌…。
いつか、街灯りの側で会おう
昔みたいに…
どちらからともなくキスをした。
腕の中の綾香は小さく震えていた。
…麝香の香り…
見つめ合うだけで幸せだったあの頃…
…目の前の綾香は、あの頃の綾香ではない。
美しい黒髪を綺麗に結い上げ、高価そうな真珠の髪留めを留めている。
象牙色の優雅なアフタヌーンドレスを品良く着こなし、所作も身のこなしも全て、貴族の令嬢のそれであった。
野生的な輝きを秘めていた大きな瞳は、思慮深く上品な情感をたたえた色に変わっている。
だが上品な振る舞いや洋服に秘められた、妖しいまでの色香は隠しようもなく、当麻には確かにそれが感じられた。
「…綾香…逢いたかった!ずっと…君を思っていた!」
当麻は堪らず、綾香の手を握りしめる。
綾香は、するりとその手を交わし、動揺することなく、静かに口を開いた。
「…望己さん…こちらにお招きしたのは、きちんと冷静にお話しをしたかったからです」
「…綾香?」
綾香は西洋人形のように端正な顔に表情を浮かべずに続ける。
「…私はもう、貴方とお付き合いしていた頃の私ではありません。…もう私のことはお忘れ下さい。そして…二度とこちらにはいらっしゃらないで下さい」
「そんな…!君が北白川伯爵令嬢だったとしても、過去の君が消える訳じゃない。僕が愛した綾香はまだここにいるはずだ!」
「いいえ。…貴方が愛した綾香はあの日…永遠に消えたのです。…あの雪の中に…永遠に…」
綾香は遠くを眺めるような眼差しをした。
…浅草カフェで歌を歌い始めた頃、綾香は荒削りで尖った美しさを持つダイヤモンドの原石の様な少女であった。
美しいが頑なで無愛想な…しかし、天才的に歌が上手い少女だった。
当麻は出会ってすぐに綾香の歌とその類稀なる美しさに惹かれ、あっけなく恋に落ちた。
綾香は、美しいが警戒心の強い野良猫のような少女だった。人間に全く懐こうとしない、笑顔が少ない美少女…。
それが綾香だった。
当麻は辛抱強く綾香に話しかけ、笑いかけ、時間をかけて距離を縮めていった。
だから綾香と初めてキスを交わした日のことは今でも忘れられない。
店が終わり、誰もいない薄暗い舞台で二人で手を取りダンスを踊った…。
蓄音機から流れる甘く切ない愛の歌…。
いつか、街灯りの側で会おう
昔みたいに…
どちらからともなくキスをした。
腕の中の綾香は小さく震えていた。
…麝香の香り…
見つめ合うだけで幸せだったあの頃…
…目の前の綾香は、あの頃の綾香ではない。
美しい黒髪を綺麗に結い上げ、高価そうな真珠の髪留めを留めている。
象牙色の優雅なアフタヌーンドレスを品良く着こなし、所作も身のこなしも全て、貴族の令嬢のそれであった。
野生的な輝きを秘めていた大きな瞳は、思慮深く上品な情感をたたえた色に変わっている。
だが上品な振る舞いや洋服に秘められた、妖しいまでの色香は隠しようもなく、当麻には確かにそれが感じられた。
「…綾香…逢いたかった!ずっと…君を思っていた!」
当麻は堪らず、綾香の手を握りしめる。
綾香は、するりとその手を交わし、動揺することなく、静かに口を開いた。
「…望己さん…こちらにお招きしたのは、きちんと冷静にお話しをしたかったからです」
「…綾香?」
綾香は西洋人形のように端正な顔に表情を浮かべずに続ける。
「…私はもう、貴方とお付き合いしていた頃の私ではありません。…もう私のことはお忘れ下さい。そして…二度とこちらにはいらっしゃらないで下さい」
「そんな…!君が北白川伯爵令嬢だったとしても、過去の君が消える訳じゃない。僕が愛した綾香はまだここにいるはずだ!」
「いいえ。…貴方が愛した綾香はあの日…永遠に消えたのです。…あの雪の中に…永遠に…」
綾香は遠くを眺めるような眼差しをした。