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変質者の手毬唄・珍田一耕助シリーズ
第12章 「逃げ水」
中から現れたのは珍田一にも負けないくらい頭髪をボサボサに伸ばした50近い男だった
男は薄汚れたシャツにズボンという格好だったが、どこか不自然だった…
男の左脚…ズボンの下に見えるはずの足がなく一本の棒が突き出ているだけだったからだ
男は左手に杖を握っていた
「何か用ですかい…?」
頭髪の奥でギョロリと鈍く光る瞳を二人に向け、無精ひげで囲まれた口元をモゴモゴと動かした
「珍田一と申します、私立探偵をやっております。こちらは磯毛警部…。昨日から今朝にかけて女性が拉致される事件が起こったので、色々と話を聞いて回っているのですが…」
珍田一の自己紹介を待って磯毛が口を開いた
「おたくは昨日の昼頃から今朝まで何処で何をしていたか教えてもらえんかねぇ」
「オラァ…こんなんだから立ち話っていうのは身体に堪えるんだ…。汚ねぇトコだけど上がんなよ…」
男に続いて二人は家の中へ入っていった
土間を上がると万年床の敷かれた6畳分の一間しかなかった…厠と洗い場は家の裏手にあるらしい
一応電気は通っているようで、天井からは裸の電球がぶら下がっている
男の名は土井作蔵
先の大戦の際にペリリュー島で負傷し、左脚を失ったそうである
帰還するも、不自由な脚のせいで戦前就いていた大工仕事には戻れず、陰核寺の雑用の仕事を貰って生計を立てているという事だった