この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
変質者の手毬唄・珍田一耕助シリーズ
第12章 「逃げ水」
事件当時の作蔵のアリバイは証明する事の出来ない、不確かなものだった
事件当日の午前に行っていた墓地の草取りを雷雨で中止せざるを得なかったからである
つまり昨日の午後から今迄、ずっとこの部屋で寝て過ごしたというのだ
作蔵には山岸蘭の事件当日のアリバイも無かった…
「作蔵さんは戦前からココに住んでらしたんですか?」
「いんや、前はT鳥県に住んでたんだ…。女房と子供もおったんだが、こんな身体になっちまったもんだから逃げられちまったんだよ…。」
「そうだったのですか…。この村にはどうして…?」
「戦友だった木島を頼ってきたんだよ」
「あわび山荘の亡くなったご主人ですか?」
「あぁ…。アイツとは随分気が合ってなぁ…いきなりT鳥から訪ねてきた俺に、嫌な顔一つせず宿の雑用の仕事を与えてくれたんだ」
「いつ頃まで、あわび山荘で働いていらっしゃったんですか?」
「3~4年、世話になったかなぁ…。アイツはずっと居て良いって言ってくれたけど、そういう訳にもいかねぇだろ…。珍法和尚がこの家に住み込みで雇ってくれるっていうんで、それからはずっとココさ…」
作蔵の証言に嘘偽りがあるとは思えない
見た目は不審だが、珍田一にはこの男が正直で不器用なだけに思えた
「ところで、すぐそこの通りは普段は人通りはあるんでしょうか?」
「ほとんど無いなぁ…墓参りの帰りに歩いてる村の者もおるが、殆どが寺から出ていくからなぁ」
「では、歩いてる人でもいれば直ぐに気付きますか?」
「どうかなぁ…よっぽど大きな音でもすりゃぁ気付くかもしれねぇが…」