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第5章 Matrimonio
そのコートの手伝いの流れから、タイミングを合わせて座りやすいように椅子を押し込んでくれる。
バイトで慣れているからか、一連の動きがとてもナチュラルだ。

ただ、椅子を稜の体ごと包み込むようにして動かす為、その距離が恥ずかしくなるほど近い。

恥ずかしくなって立ち上がったのに、益々恥ずかしさが増してしまう。

「...ありがと」

「ん」

俯きがちにお礼を言うと、左側から顔を近付けていた羚汰の唇が頬に触れた。

「っ!ちょ!」

ビックリして文句を言おうとすると、待ってましたとばかりに唇が短く触れ合う。

「!!!」

驚きが倍増して何も言えなく固まった稜を見て、羚汰がすこぶる嬉しそうに笑っている。

「俺トイレ行ってくるからさ、ついでに注文してくるわ」

耳元にそう囁きかけて、稜が何かを言いだす前にその場を立ち去った。

すみっこのこの席は、店員さんの目が届きにくいのだろう。
座ってから随分経つのに、注文をまだ聞きに来ていない。

そのオカゲか、この数分の出来事には誰も全く気付いてないようだ。

「ありがとう」

羚汰の背中にやっと小さくそう言うと、手で顔を仰ぎながらお水を口にする。

冷たい水が、喉を伝っていくのが分かる。
でもこの小さいコップ1杯では、顔の火照りが治まりそうになかった。

いつもすごく甘いけど、いつにも増して今日は甘々な気がする...のはきっと気のせいじゃない。

今日の羚汰は久しぶりに会うからか、以前にも増してめちゃくちゃ色っぽくて。

明後日の結婚式がどうなることか。

結婚式では、羚汰に負けないように頑張らなくては!



コップの水を飲み干してから、首を伸ばして羚汰の姿を探すと、カウンターの辺りで若い女の店員さんに話をしているようだ。

視界に入った店員さんの顔が零れるような笑顔で。
こちらに背を向けた羚汰と何やら盛り上がっている。

...知り合いなのだろうか。

注文だけとは思えない程長く会話している。

羚汰のモテっぷりは、今に始まったことではない。
爽やかなイケメンな上、明るく人懐っこいフレンドリーさで、誰とでもすぐ仲良くなれるタイプだ。

こんな事は、夫婦になっても続いてゆくんだろう。

さっきまでの恥ずかしさなんて吹っ飛んで、なんだかもやっとする。
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