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初戀 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 恋のためいき
一番奥の窓際の二人席に座ると、綾香は好奇心に満ちた表情で店内を見渡す。
店は時分時と言うこともあり、帝大生で溢れ賑やかな活気に満ちている。
…しかし、どう見ても洒落た雰囲気には程遠い店だ。
「…本当に良かったの?こんな定食屋で…」
当麻は小さな声で聞く。
綾香は大きな瞳を輝かせて頷く。
「うん!私、望己さんがどんなところでごはん食べているのか知りたかったの。…いいお店だね」
「そ、そう?」
当麻は照れる。
そして脂でべたつくメニューを見せながら笑いかける。
「洒落てはいないけれど、どれも美味しいよ。何がいい?」
綾香は真剣な表情でメニューを見つめる。
「…あ!オムライスがある!オムライスがいいわ」
「じゃあ、僕もそれにする」
馴染みの店のおばちゃんにオムライスを注文し、一息つくと綾香が綺麗な指を組み、顎の下に当てながら口を開く。
「…私の家、貧乏だったけど、母さんがお給料日の夜は必ず、私を浅草の洋食屋に連れていってくれたの。…で、私の大好物なオムライスを注文してくれて…。それを二人でお喋りしながら食べるのが一番楽しみだったの」
「…へえ…。優しいお母さんだね」
「うん。綺麗で優しくて…大好きだった…」
綾香の美しい顔に哀しげな微笑みが差す。
「…綾香さんのお母さんなら凄い美人だっただろうな…。亡くなられたのはとても残念だけど、でも…いいお母さんがいた綾香さんは幸せだね」
当麻がしみじみと優しく声をかける。
綾香は嬉しそうに笑う。
当麻がずっと見たかった綺麗な花が咲いたような笑顔だ。
「…望己さんのお母さんは?どんな方?」
当麻は言葉に詰まる。
「…うん…美人だよ…でも、厳しい父親の顔色ばかり見てびくびくして…僕にも気を使うし…苦手なんだ…」
…元芸者で、父親の妾だった母親…。
親戚や周りの冷ややかな目にじっと耐え続けてきた母親…。
実の息子をまるで預かり物のように大事に扱う母親…。
当麻を優秀な後継にすることだけを考えて、当麻を必死で育てて来たであろう母親…。
当麻が高校を首席で卒業した時も、帝大医学部に合格した時も、母親としての喜びよりも、父親に顔向けが出来る安堵の色しか感じられず、当麻は心が冷えたのを覚えている。

「…だから、綾香さんが羨ましいよ。優しい子供思いのお母さんがいて…お母さんを大好きって言えて…」
当麻は正直な気持ちを吐露する。

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