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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第5章 Fly me to the Moon
伯爵に下賜された懐中時計は11時を指していた。
明日の縣の到着時間の確認も終え、月城が厨房を通りかかると副料理長の花が翌日の朝食のパンの仕込をしていた。
「もう手は大丈夫なのですか?」
その声に花が驚いたように振り返り、月城を見て頬を赤らめる。
「月城さん!…は、はい!もう大丈夫です」
月城は微笑みながら花に近づき、手を取って火傷の跡を確認する。
花はびくりと手を震わせる。
「…大分薄くなりましたね。良かった」
「…あ、ありがとうございます…」
花は耳朶まで赤く染めながら小さく礼を言う。
「女性ですからね。跡が残らないか心配でした」
「…月城さん…」
花は月城の端正な顔をうっとりと見つめる。
「あまり無理をしないでくださいね。梨央様は花さんが作られるクロワッサンが殊の外お気に入りなのです。召し上がれなくなったらがっかりされます」
梨央の名前を聞き、花ははっと息を飲む。
「…梨央様…」
「はい。梨央様は花さんが作るクロワッサンが世界で一番好きと仰っておられました。…春さんには内緒ですよ」
悪戯っぽく話す月城の顔はとても楽しげだ。
…梨央様のお話だから…?
「…月城さんは、梨央様のお話になるとお顔が違いますね…」
「え?」
花は寂しげに、そして熱い眼差しで月城を見上げる。
「…梨央様が羨ましいです。月城さんにそんな風に思われるなんて…」
「…花さん…」
驚きに目を見開く月城に、花は我に返り慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません!出すぎたことを申しました!失礼します!」
そのまま厨房を飛び出した花の後ろ姿を見送っていると、月城の背後から声がかかる。
「…花さんに余り優しくしない方がいいわ」
振り返ると梨央達の就寝の世話を終えた茅野がいた。
「…茅野さん…」
「花さんは貴方が好きなのよ。…優しくして希望を持たせたら可哀想」
茅野は穏やかに微笑む。
「貴方は梨央様以外の女性に興味はないのだから」
「茅野さん、私は…」
言い淀む月城に茅野は姉のように優しく肩を撫でる。
「いいのよ、それで。貴方は梨央様の騎士なんだから」
…昔から自分を見守ってくれている茅野は全てお見通しのようだった。
月城は困ったように、そして少し寂し気に笑った。




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