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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第5章 Fly me to the Moon

月城は目の前の美しき侯爵令嬢を見つめた。
瞳は涙で潤み、その唇は先ほどの月城の荒々しいくちづけで僅かに腫れているのが悩ましいほどに美しい。
月城はそんな光に手を伸ばし、乱れたブラウスの釦を優しく留めてゆく。
一番上の釦まで丁寧に留め、ボウタイのリボンもきちんと結んでやる。
「…ご存知ないと思いますが私は、北陸の貧しい漁村に生まれました。…家も貧しくて…吹けば飛ぶようなあばら家で母と弟、妹と肩を寄せ合うように暮らしていました。私は尋常小学校を卒業した後、家計を助けるために村で唯一の旅館で働き出しました」
光は眼を見張る。
「え?尋常小学校だけ?…だって貴方、帝大を首席で卒業したのでしょう?」
月城は穏やかに笑う。
「村の小さな教会の神父様が、教育熱心な方で教会の図書室に教材や参考書を揃えていらしたのです。週に一度、勉強会も開いて下さいました。そこで私は高等中学までの学問を独学で学んだのです」
「…すごいわ…」
光は素直な言葉を口にする。
「…勉強は私の現実逃避でもありましたから…寧ろ楽しみでした。…図書室に篭り、数式を解いたり英文を読んだりしている時だけ、辛い現実を全て忘れられました」
「…奉公先で虐められたの?」
気遣わしげに光が尋ねる。
「旅館のお嬢さんが私を気に入り、私にだけ特別扱いをすると先輩の奉公人から嫌がらせを受けたくらいですが…でもそんな煩わしい現実も、勉強したり本を読んでいると全て忘れられました。私はひたすら勉学に打ち込みました
…そして神父様が私に内緒で受けさせた給費生の試験で首席になり、全国の給費生候補の視察をされていた旦那様のお目に留まったのです」
月城は、あの日教会に颯爽と現れた美しい北白川伯爵の姿を思い出し、胸が熱くなった。
「旦那様は私に、お屋敷で執事見習いとして働く気はないか?とお申し出くださいました」
「それで北白川のお家で働くように…?」
「はい。…そこで私は梨央様にお会いしたのです」
大階段を降りてくる伯爵の腕に抱かれた人形のように美しく可憐な幼女…梨央を見た瞬間、月城は雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
「…梨央様は…西洋のお伽話に出てきた天使のようにお美しく、清らかでした。灰色に覆われた暗い世界で過ごして来た私に初めて色彩と言うものを与えて下さったのが…梨央様でした…」
…そう、確かに私はあの時、天使を見たのだ…。
瞳は涙で潤み、その唇は先ほどの月城の荒々しいくちづけで僅かに腫れているのが悩ましいほどに美しい。
月城はそんな光に手を伸ばし、乱れたブラウスの釦を優しく留めてゆく。
一番上の釦まで丁寧に留め、ボウタイのリボンもきちんと結んでやる。
「…ご存知ないと思いますが私は、北陸の貧しい漁村に生まれました。…家も貧しくて…吹けば飛ぶようなあばら家で母と弟、妹と肩を寄せ合うように暮らしていました。私は尋常小学校を卒業した後、家計を助けるために村で唯一の旅館で働き出しました」
光は眼を見張る。
「え?尋常小学校だけ?…だって貴方、帝大を首席で卒業したのでしょう?」
月城は穏やかに笑う。
「村の小さな教会の神父様が、教育熱心な方で教会の図書室に教材や参考書を揃えていらしたのです。週に一度、勉強会も開いて下さいました。そこで私は高等中学までの学問を独学で学んだのです」
「…すごいわ…」
光は素直な言葉を口にする。
「…勉強は私の現実逃避でもありましたから…寧ろ楽しみでした。…図書室に篭り、数式を解いたり英文を読んだりしている時だけ、辛い現実を全て忘れられました」
「…奉公先で虐められたの?」
気遣わしげに光が尋ねる。
「旅館のお嬢さんが私を気に入り、私にだけ特別扱いをすると先輩の奉公人から嫌がらせを受けたくらいですが…でもそんな煩わしい現実も、勉強したり本を読んでいると全て忘れられました。私はひたすら勉学に打ち込みました
…そして神父様が私に内緒で受けさせた給費生の試験で首席になり、全国の給費生候補の視察をされていた旦那様のお目に留まったのです」
月城は、あの日教会に颯爽と現れた美しい北白川伯爵の姿を思い出し、胸が熱くなった。
「旦那様は私に、お屋敷で執事見習いとして働く気はないか?とお申し出くださいました」
「それで北白川のお家で働くように…?」
「はい。…そこで私は梨央様にお会いしたのです」
大階段を降りてくる伯爵の腕に抱かれた人形のように美しく可憐な幼女…梨央を見た瞬間、月城は雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
「…梨央様は…西洋のお伽話に出てきた天使のようにお美しく、清らかでした。灰色に覆われた暗い世界で過ごして来た私に初めて色彩と言うものを与えて下さったのが…梨央様でした…」
…そう、確かに私はあの時、天使を見たのだ…。

