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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第5章 Fly me to the Moon
梨央の部屋を辞し、メイド長の茅野の案内で玄関ホールに降り立った縣を待っていたのは月城であった。
月城は縣と目が合うと深々とお辞儀をした。
縣は穏やかに口を開いた。
「…月城、少し話せるか?」
「はい」
「では、2人だけで話がしたい」
月城は頷いて、後ろの茅野に指示を出す。
「かしこまりました。茅野さん、客間に珈琲をお願いします。
…縣様、どうぞこちらへ」
月城は縣を客間に誘った。


客間に2人きりになるやいなや、月城は再び深々と頭を下げて詫びた。
「縣様、先日の私の出過ぎた行動を、心よりお詫び申し上げます。縣様をご不快なお気持ちにさせてしまった事、どれほどお詫びしてもし足りません。
申し訳ありませんでした」
頭を下げたまま動かない月城に、縣は静かに声をかける。
「…あれは致し方ないことだ。あのまま梨央さんの呼吸困難が続いていたら、命に関わったかも知れない。
君は正しい処置をしたのだ」
月城は動かない。
…そう。月城は悪くない。
あの時はああするより他はなかった。
…ただ…
「…私が君に嫉妬しているだけだ。
…君が梨央さんにくちづけをした初めての男だという事実に…」
月城が顔を上げる。
美しく端正に整った顔には、まるで自分が傷ついたかのような痛ましい悲愴な表情が浮かんでいた。
「申し訳ありません。この責めはいくらでも受けます。
…私がこの職を辞することをお望みとあらば、今すぐにでも辞表をしたためます」
縣は男らしい眉に皺を寄せ、鋭く言い放つ。
「馬鹿なことを言うな。私がそのようなことを望むとでも?
見縊って貰っては困る」
月城ははっと息を飲み、再び頭を深々と下げる。
「申し訳ありません!ご無礼をお許しください!」
縣は頭を下げ続ける月城を見つめ、ふっと苦笑した。
「…君は冷静沈着で、完璧な執事だと思っていたが、梨央さんこととなると、別人のように不器用だな」
頭を下げ続ける月城の肩を柔らかく叩く。
そして、しみじみと心情を吐露する。
「…君は梨央さんのことになると盲目的とも言えるくらいに一途なのだ。
そして…梨央さんも君のことを誰よりも信頼し、頼りきっている。
…私は君が心の底から羨ましいよ」


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