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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第5章 Fly me to the Moon
数日して、梨央の喘息もすっかり収まり、軽井沢の北白川邸は再び穏やかな日々を取り戻した。

今も梨央は光と仲睦まじく庭園の木陰に設えたテーブルセットで午後のお茶を楽しんでいる。
少し離れた場所でお茶の世話をしている月城は、ふと手を止めて梨央を見つめた。

梨央は銀食器に盛られたバニラアイスクリームを銀の匙で可憐な唇に運ぶ。
紅を塗らなくても赤い茱萸のような唇…
アイスクリームは、梨央の大好物だ。
一口食べると美味しそうに、唇に笑みを浮かべた。
しっとりとした形の良い唇…。

…あの唇に…私は…。
口移しで薬を飲ませなくてはいけないという大義があったとは言え、梨央様の唇にくちづけをした。
淡雪のように触れるだけで、溶けてしまいそうな可憐な唇だった。

呼吸困難で縮こまった舌を押し開き、噛み砕いた薬を喉の奥に送り込んだ時…
月城の舌と梨央の舌が触れ合い、絡まった。
滑らかで熱い舌だった。
無我夢中だったがその刹那、月城の身体に例えようもなく甘く痺れるような官能が走った。
梨央の口内は熱く、滑らかで、果実のような芳香を放っていた。
夢中でくちづけを繰り返す月城は、己の恍惚とした昂まりを感じていた。
…梨央様…!
私は今、最愛の方の唇にくちづけし、さながら恋人同士のように舌を絡め合っている…。
梨央様の甘い吐息を味わい、恍惚となっている…。
…この瞬間、死んでも悔いはない…!
月城はそれ程の幸福感に包まれていたのだ。

そして、今は苦い後悔に苛まれている。
…私は下劣だ。
梨央様が苦しまれていたのに、快感を感じるなど…!
水をねだられ、何度もくちづけした…。
…この天国のような幸福が、永遠に続けばいいと無意識に願っていた。
縣様の目の前で…。
あんなにもお優しく、ご立派な方に苦しい思いをさせてしまった。
縣様は梨央様を心から愛しておられるのに。
縣様はお許し下さったが、私は自分が許せない。

視線を感じたのか、梨央が瞳を上げて月城を見やり笑った。
「月城!アイスクリーム、美味しいわ。花に伝えてね」
月城は微笑み、頷く。
…梨央様があの夜の事を覚えておられなかったのは幸いだ。
私が梨央様の唇を奪った初めての男だと…
もし…梨央様がお知りになったら…。

いや、もう考えるのはよそう。
…あれは真夏の夜の夢だったのだから…。
月城は、一礼すると屋敷へと歩き出したのだった。




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