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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
音楽室の扉を軽くノックし、
「失礼いたします」
と声をかけ、扉を開ける。
梨央が奏でる美しいピアノの音色が聞こえる。
今日はドビュッシーの月の光を練習していたらしい。
梨央の美しい音色に魅せられつつ、月城は静かに室内に入る。
梨央が鍵盤に置かれた手を止め、月城を振り返る。
月城と目が合うと、ぱっと花が咲いたように笑った。
完璧に整った目鼻立ちは子供の頃からだが、最近では女性らしい薫るような嫋やかさが備わり、美しく成熟した女性へと移り変わろうとしている。
月城は梨央につられて微笑んだ。
そして、銀の盆から縣からの招待状と、ペーパーナイフを丁重に差し出す。
「縣様よりのご招待状でございます」
梨央は嬉しそうに微笑み、頷いて受け取る。
「ベルリンからお帰りになられたのね」
縣は今や日本を代表する財閥の経営者として辣腕を振るい、世界中を飛び回り活躍する実業家である。
白魚のように白く美しい手が器用にペーパーナイフを操る。
招待状を開き文章に目を走らせた途端、その美しい美貌がやや曇る。
月城は敏感に察知して声をかけた。
「梨央様?」
「…来週、縣様のお屋敷でお茶会が催されるそうなのだけど…私も是非にと…」
先ほどの笑顔が嘘のように当惑したような表情で招待状を封筒に戻す。
月城は優しく尋ねる。
「…お気が進まれませんか?」
素直に頷く。
「略式のものではなく、公式のお茶会らしいの。…宮様もお見えになるわ…他にもたくさんのご来賓の方々が…」
「縣様は今や、社交界ではなくてはならない方ですからね。経済界、実業界でも知らぬ者はいない程の敏腕実業家でいらっしゃいますし、交友関係も大変広くていらっしゃいます。お茶会も夜会並みの盛大なものなのでしょうね」
梨央はしょげた花のようにため息を吐く。
「…そのように華々しい方々がたくさん見えるお茶会に、私などが参加しても…粗相をして縣様に恥をかかせないかしら…」
「梨央様…」
頼りなげな子供のような梨央が思わず愛しくなり、月城は笑いを漏らす。
そして、ピアノに近づく。
「梨央様は何処にでても恥ずかしくない伯爵令嬢でいらっしゃいます。…いえ、それどころか梨央様ほどお美しく優雅で嫋やかで教養深いお嬢様は社交界広しと言えども他にいらっしゃらないでしょう。
どうか自信を持たれてくださいませ」
「…月城…」
黒目勝ちの美しい瞳が月城を見上げる。


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