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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
ディナーが始まった。
久しぶりに大食堂に降りてきた梨央は、髪を綺麗に結い上げ、伯爵のロンドン土産の真珠色のイブニングドレスを身に付けていた。
ドレスはやや襟ぐりが開いた、フレンチスリーブの愛らしいものだったが、梨央の匂い立つような艶やかな美しさは、今までとは違った大人びたものであった。
うっすらと化粧をした肌はしっとりとした練絹のようで、頬は淡い薔薇色をし、その切れ長のアーモンド型の瞳は潤んでいて叙情的でもあった。

娘の思わぬ成熟ぶりを、伯爵はしみじみと見つめた。
青豆のスープがテーブルに運ばれて来た時、伯爵は口を開いた。
「…礼也君にプロポーズされたそうだね」
梨央はスプーンを持った手を止め、ぱっと伯爵を見上げると恥ずかしそうに頷いた。
結い上げて剥き出しになったミルクのように白いうなじがうっすらと朱に染まる。

…綺麗だな…梨央様…。
月城は伯爵に白ワインをサーブをしながら梨央をそっと見た。
…縣様のせいなのか…。
縣の情熱的なくちづけ…。
梨央を優しく包み込みながらも、洗練され成熟した男性らしく幼気な乙女を大胆に誘い、翻弄するような巧みなくちづけであった。
梨央も最初は慄きながらも次第に柔らかく、縣に応えていた。
梨央の甘く高い可憐な夜啼鳥のような声…。
密やかな掠れた吐息…。
美しく官能的な二人のくちづけ…。
…胸が痛まないわけはない。
たとえ、とうの昔に諦めた恋だとしても…。

「…梨央は、どうしたい?」
「…お父様…」
伯爵はワインを口に運びながら、穏やかに告げる。
「礼也君は長年梨央の後見人を務めてくれている。
父親は私の学生時代からの旧友でもある。
礼也君は梨央の体調や性格を考えて、梨央の意に染まぬ場合は、縣家に輿入れしなくても構わないとさえ言ってくれた。このままこの屋敷にいて、自分が通うと…。
…ここまで梨央を深く愛してくれていたのかと、私は感銘を受けたよ」
梨央も頷く。
「…はい。…縣様はお美しくてお優しくて頼もしくて理知的で…全てのものを備えておられる完璧な方なのに、決して偉ぶらずに親切にしてくださいます。私の意思も尊重してくださいますし…私には勿体無いようなお方ですわ…」
…小さな頃からずっと自分を見護り、ひとすじに愛してくれる縣様…。
私はなんと幸せ者なのだろうか…。
…けれど…
…この胸に引っかかる思いは何のだろうか…。




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