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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
「…失礼いたします。梨央様は病み上がりでいらっしゃるので、ワインではなくシードルにいたしました」
月城の落ち着いた声が耳元に響く。
梨央の背後から、優雅で隙のない所作で林檎の発泡酒をグラスに注ぐ。
シードルは梨央の好物だ。
「…ありがとう、月城…」
梨央はそっと月城を見上げる。
吐息が交わせるほどの距離で二人は見つめ合う。
梨央の長い睫毛が切なげに震える。
月城は瞬きもせずに、静かに梨央を見つめた。
…永遠のような、刹那のような時が流れる。
「…梨央。よく考えてお返事を差し上げなさい。
お前の一生の伴侶だ…」
はっと正面の伯爵を見上げる。
伯爵は穏やかに慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。
「…私はお前には幸せな人生を歩んで欲しいのだ。
亡くなったお母様もそれを一番に望んでいるだろう」
伯爵は大食堂の暖炉の上に飾られた亡き伯爵夫人のポートレートに眼をやる。
梨央もまたその写真を見つめる。
白いウェディングドレス姿の美しい亡き母…。
今の私と同い年のお母様…。
…お母様はどんな思いで、お父様の元に嫁いでこられたのかしら…。
お母様はお父様に嫁がれる前に、恋をなさったことはなかったのかしら…。
そっと月城に視線を移す。
月城はホワイトタイに黒い燕尾服姿の一部の隙もない完璧な美しい執事のスタイルで伯爵の背後、狭霧の隣に立つ。
美しい黒髪、眼鏡の奥の瞳は切れ長で涼しげだがどこか物憂げでもある。
ギリシャ彫刻のように整った鼻梁と形の良い唇。
背はすらりと高く手足が長く、その美しい容姿と共に「北白川家の美貌の執事」の呼び声は高く、社交界では羨望の的であった。
伯爵付きの従者狭霧も眼を見張るばかりの美形なので、二人が夜会に付き添うと婦女子達は色めき立ち、賑やかな歓声に包まれると先日、翠が教えてくれた。
その月城の梨央を見つめる瞳には、もはやかつての熱情の色はない。
穏やかな慈愛と尊重の瞳であった。
…あれから2年も経ってしまったのね…。
軽井沢での満月の一夜をふと思い出し…しかしすぐにその思いをそっと振り払う。
梨央は一度俯き、それからすっと姿勢を正すと口を開いた。
「はい、お父様。良く考えてお返事を差し上げます」
月城の落ち着いた声が耳元に響く。
梨央の背後から、優雅で隙のない所作で林檎の発泡酒をグラスに注ぐ。
シードルは梨央の好物だ。
「…ありがとう、月城…」
梨央はそっと月城を見上げる。
吐息が交わせるほどの距離で二人は見つめ合う。
梨央の長い睫毛が切なげに震える。
月城は瞬きもせずに、静かに梨央を見つめた。
…永遠のような、刹那のような時が流れる。
「…梨央。よく考えてお返事を差し上げなさい。
お前の一生の伴侶だ…」
はっと正面の伯爵を見上げる。
伯爵は穏やかに慈愛に満ちた微笑を浮かべていた。
「…私はお前には幸せな人生を歩んで欲しいのだ。
亡くなったお母様もそれを一番に望んでいるだろう」
伯爵は大食堂の暖炉の上に飾られた亡き伯爵夫人のポートレートに眼をやる。
梨央もまたその写真を見つめる。
白いウェディングドレス姿の美しい亡き母…。
今の私と同い年のお母様…。
…お母様はどんな思いで、お父様の元に嫁いでこられたのかしら…。
お母様はお父様に嫁がれる前に、恋をなさったことはなかったのかしら…。
そっと月城に視線を移す。
月城はホワイトタイに黒い燕尾服姿の一部の隙もない完璧な美しい執事のスタイルで伯爵の背後、狭霧の隣に立つ。
美しい黒髪、眼鏡の奥の瞳は切れ長で涼しげだがどこか物憂げでもある。
ギリシャ彫刻のように整った鼻梁と形の良い唇。
背はすらりと高く手足が長く、その美しい容姿と共に「北白川家の美貌の執事」の呼び声は高く、社交界では羨望の的であった。
伯爵付きの従者狭霧も眼を見張るばかりの美形なので、二人が夜会に付き添うと婦女子達は色めき立ち、賑やかな歓声に包まれると先日、翠が教えてくれた。
その月城の梨央を見つめる瞳には、もはやかつての熱情の色はない。
穏やかな慈愛と尊重の瞳であった。
…あれから2年も経ってしまったのね…。
軽井沢での満月の一夜をふと思い出し…しかしすぐにその思いをそっと振り払う。
梨央は一度俯き、それからすっと姿勢を正すと口を開いた。
「はい、お父様。良く考えてお返事を差し上げます」