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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
梨央の透き通るように白い手が、月城のシャツの胸をぎゅっと掴む。
「梨央様…!」
「お願い…月城…!…貴方が一言、縣様と結婚するなと言ってくれたら…私は結婚しないわ…!
誰とも結婚しないわ…!貴方と結婚出来ないなら、誰とも結婚しなくていい…!」
震える小さな声が必死で訴える。
「…私をここから連れ出して…どこでもいい…貴方と二人でいられるなら…」
梨央の華奢な手が小刻みに震えている。
…梨央様!
私は梨央様を苦しめている…!
梨央の必死の告白に、月城の胸はナイフで切り刻まれたかのように痛んだ。
苦しげに目を閉じる。
そしてゆっくりと瞼を開き、梨央の手を見下ろす。
…この手を…この手を取ったら…私は違う人生を生きられるのだろうか…。
この手を取り、梨央様を抱きしめ、この屋敷を二人で出る…。
誰も知らない遠い世界へ…。
二人だけの世界へ…。

月城は唇を噛み締め、月を仰ぎ見る。
…あの月は梨央さんよ…。
光の声が甦る。
…決して手には届かない…。
私達は美しい月に恋をしたの…。
…光様…。

月城はそっと手を取る。
そして、梨央の方を振り向いた。
「…月城…」
梨央は月城の顔を見た瞬間、失望に唇を歪めた。
「…連れて行ってはくれないのね」
月城は青白い月の光に輝く美しい手を恭しく握りしめ、そっと甲にくちづけをする。
「梨央様。私は梨央様にお幸せになっていただきたいのです。
縣様とご結婚なさってください。それが梨央様がお幸せになられる道でございます」
「…貴方とでは幸せになれないの…?」
「…私は梨央様の騎士です。梨央様を生涯お側でお護りするのが私の使命です」
梨央の瞳に水晶のような涙が溢れた。
「忘れないでください。…私は生涯、命を賭けて梨央様をお護りいたします。例えこの身が果てようとも、魂は梨央様のお側を離れません。…梨央様は私の全てです」
梨央はその透明な涙が白い頬を伝い、流れ落ちても決して拭おうとはしなかった。
瞬きもせずに、月城を見つめる。
「…分かったわ…でも、最後に聞かせて。…月城、貴方は私を愛していた?」
月城はゆっくりと瞬きをすると、優しく微笑んだ。
「…愛していました。誰よりも…これからも…生涯、私の愛するお方は、梨央様お一人です」
梨央が掌で顔を覆う。
月城は深々と一礼すると毅然と梨央に背を向け、二度と振り返ることはなく庭園を後にしたのだった。


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