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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第6章 あの月の頂で
伊豆の今井浜海岸を一望出来る小高い丘の上に別荘はあった。
冬でも暖かく、また潮風は身体に良いとの主治医の勧めもあり梨央の為に伯爵が建てた別荘である。
梨央が幼い頃は月城が梨央の手を引いて、目の前の浜辺を散歩したり、水遊びをしたりしたものだった。
こちらの別荘の使用人は橘と古くからいる家政婦、通いのメイドと下僕と少人数であったが、その分家庭的に長閑に暮らしている様子に惹かれ、月城は時々訪問するのを楽しみにしていた。
小さいながらも天然温泉を引いた風呂もあり、老いた橘には優しい別荘でもあった。
引退を決めた橘に、北白川伯爵はさり気なくこの伊豆の別荘番を打診した。
「伊豆でのんびり余生を楽しみつつ、別荘でまだまだ睨みを利かせてくれないか」
伯爵はユーモアたっぷりに笑った。
「…旦那様は、本当に思い遣りの方だ…」
橘は感激したように月城に漏らしたものだった。

別荘と地続きにこじんまりした家庭菜園があり、そこで橘は四季折々の野菜や果物を育てていた。
月城が別荘の橘を訪ねると、橘は言葉少なではあるが嬉しそうに目を細め、自慢の苺畑に案内してくれた。
「苺は梨央様がお好きでいらっしゃるからな。
…今年は新種が甘く実ったよ。帰るときに梨央様に持っていってくれ」
元々、武蔵野の農家出身の橘は農業も巧みであった。
様々な野菜や果物を栽培し、みずみずしいそれらを麻布の屋敷に送ってくれていた。

「ありがとうございます。梨央様が喜ばれます」
月城は苺畑を見渡しながら礼を言う。
「お前も摘んで食べなさい。甘くて美味いぞ。私の自信作だ」
農作業用のシャツにズボン、麦わら帽子を被っているが、橘の後ろ姿は相変わらず矍鑠としていて、月城が憧れの威厳のある名執事のままであった。
月城は苺の収穫を手伝いながら、赤く実ったそれをひとつ口に入れる。
甘酸っぱい瑞々しい果肉が口一杯に広がった。
「美味しい…」
橘が自慢気に振り返り、笑った。
「そうだろう?」

月城は、少し改まったように橘を見つめ口を開いた。
「…梨央様と縣様とのご婚約が整いました…」
橘が目を見張る。
「…そうか…とうとう」
ゆっくりと立ち上がり、目の前に広がる今井浜の蒼く穏やかな海に目を遣る。
月城も眩しく煌めく海を見つめた。
…この海を梨央様と見たのは何年前だったかな…。
ややあって、静かに口を開いたのは橘であった。





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