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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 月光庭園
その夜遅く、月城が大学の予習をしていると、自室の扉をノックする音が聞こえた。
「はい?」
「こんばんは。…勉強中?少しいいかな?」
華やかな笑みを浮かべながら扉を開けたのは、狭霧であった。
「はい!大丈夫です」
「…ちょっと出ない?…月が綺麗だよ」
「…え?…は、はい…」


狭霧が月城を連れて来たのは庭園の中央。イタリアから取り寄せたという大理石で出来た円形の噴水であった。
漆黒の闇に浮かび上がる満月が青白く輝いている。
ガス灯に照らされた石像の女神…。
そして、日本人離れした彫像のように美しい狭霧…。
とても現実離れした光景だった。

「…本当に…綺麗ですね…」
月城は狭霧の美貌を盗み見た後に、月を見上げる。
舞台装置のような完璧な満月が輝いていた。
狭霧は月城を振り返り、笑いかけた。
「明日が中秋の名月だからね。本当は明日が見頃なのだけど、僕は明日は日本にいないから」
…狭霧もまた伯爵に伴い、ロンドンに渡る。
「…そうですよね…狭霧さん、明日からいらっしゃらないんですよね…」
口に出すと寂しさが募った。
悪戯めいた表情で狭霧は月城を見る。
「寂しい?」
「はい。もちろんです。…狭霧さんには優しくしていただいて…色々なことを教えていただきましたから…」
「嬉しいよ。君みたいな美青年に別れを惜しんでもらえて…」
狭霧はその美しい指で月城の頬を撫でた。
「か、からかわないで下さい!」
月城は赤くなる。
「からかってなんかいないさ。…君のことはずっと弟みたいに思っていた」
「…弟…」
ふと月城は北陸に残して来た弟を思い出した。
執事見習いとして貰うには過分な給料を、月城はできるだけ家に仕送りをしている。
字が書けない母親に代わり、弟からたどたどしい字で書かれた手紙が送られて来た。
中には、仕送りのおかげで毎日白米が食べられるようになったことや、弟が学校に通えるようになったことや、妹が元気に過ごしていること、母親が毎日月城に感謝していることなどが、素直な文章で書かれていた。
…僕だけこんなに恵まれている生活をしているんだ…。
これくらいのことじゃまだまだ申し訳ないけれど…。
しかし、家族が少しずつ良い暮らしができていることを知ると月城の後ろめたい思いは僅かだが軽くなった。

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