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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第3章 月光庭園
狭霧は噴水の石段に腰掛け、優雅にその長い脚を組みながらジャケットの胸ポケットから外国煙草を取り出し、洗練された手つきで火を点けた。
「…君には兄弟がいる?」
「はい。弟と妹が…」
「そう。きっと君は自慢の兄さんだろうね」
深く一服し、狭霧は優しく笑う。
「…あの…狭霧さんは…?」
遠慮がちに聞く月城に狭霧はあっさりと答える。
「いるよ。弟が一人…。でももう10年以上会っていない…勘当されたからね。僕は」
何でもないように言い放ち、笑ってみせた狭霧に月城は言葉を詰まらせた。
「…勘当…ですか…」
「そう。美大生だった二十歳の時に、ある貴族の御曹司と駆け落ちしてパリに渡って以来、勘当された。…僕の家は裕福な商家だったが、相手が名門貴族だったからね。御曹司の両親に訴えられて…大変な迷惑をかけてしまった…病弱だった母はそれがきっかけで病が悪化して亡くなってしまった…酷い親不孝な息子だよ…」
…初めて見る狭霧の苦しげな表情だった。
「…父は僕にまとまった金を送ってきて…これで一切の家族の縁を切ってくれと言ってきた。商家には息子が同性の…しかも貴族の御曹司との恋愛沙汰なんか醜聞もいいところだ。…家業はだいぶ傾いた…」
遠くを見つめる狭霧の瞳にはいつもの華やかで明るい光はない。
はっとするような寂寥が漂うのみだ。
月城は今聞いた話の内容の衝撃よりも、狭霧の見たこともないような孤独な表情の方が胸に響いた。
「…狭霧さん…」
「…パリに渡って、その恋人と暮らし始めた。…相手はお坊ちゃまだけど、優しくて真面目で…本当にいい人だった。…古いアパルトマンに住んで、毎日2人でアルバイトをしながら絵を描いていた…貧乏だったけど、幸せだった…一本のフランスパンを分けあって食べて…でも、ちっとも惨めじゃなかった…愛する人が側にいて…好きな絵を描けて…幸せな毎日だったよ…」
…その頃のことを思い出しているのだろうか…
狭霧は本当に幸せそうに微笑んだ。
「…あの…その方は…今…」
遠慮がちに尋ねた月城に、狭霧は温度のない声で答えた。
「…亡くなったよ…働いていた酒場での酔客の喧嘩を仲裁しようとして誤って刺されて…死に目にも会えなかった…」
「…狭霧さん…」
月城は息を飲む。
美しい狭霧の瞳には空虚な闇が広がっていた。
こんなに哀しい人の眼を見たことがない…。
月城は言葉を失った。


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