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月の川 〜真珠浪漫物語 番外編〜
第1章 天使の手のひら
北白川伯爵と愛娘梨央との対面を果たした後、月城は執事橘に連れられて、屋敷の階下…使用人達が働いたり、食事したり、休む部屋など様々な部屋がある…に案内された。

階下への階段を降りながら橘は威厳に満ちた声で語りかける。
「このお屋敷にはおよそ20名の使用人が仕えている。下僕、メイド、料理長、キッチンメイド、運転手、庭師…旦那様の専門のお世話をする従者、梨央様の乳母、家政婦、そして執事の私だ」
「…そんなに沢山⁈」
階下の突き当たりの小さな部屋に月城は招き入れられた。
「今日からここがお前の部屋だ」
「…僕の…部屋?」
月城は部屋を見渡した。
六畳位の広さだが、清潔な室内、シンプルだが品の良い壁紙、新品ではないが洗い立ての綺麗な寝具が掛かっている寝台、そして小さなテーブルと椅子。壁際には一人用の洋箪笥まであった。
橘は眉を上げた。
「…不満かね?」
「いいえ…自分の部屋なんて…生まれて初めてで…何と言ったらいいのか…」
実家の長屋では弟妹と身を寄せ合うようにして寝起きしていた…。
無意識に寝台を触る。
…ふかふかだ…。
妹と弟に寝かせてやりたいな…。
胸が痛んだ。

橘はそんな月城を見て、一瞬眼差しを和らげた。
しかしすぐに洋箪笥を開け、黒い制服のお仕着せ一揃いを手渡す。
「下僕の制服だ。今すぐに着替えなさい。靴は箪笥の下にある」
「…制服…」
「最初は下僕から覚えてもらう。お前は昼間は大学に通いながらだから、働く時間が限られるが、だからと言って甘やかしたりしないからそのつもりでな」
「もちろんです」
「きついかも知れんぞ?私の指導は厳しい」
「構いません」
…きつい仕事なんて慣れている。辛いことにも…。
旅館の下働きでは旅館の一人娘が月城に一目惚れし、年長の使用人達の妬みを買い、理不尽な仕打ちを山ほど受けた。
橘はふっと笑う。
「着替えたら食堂に来るように」
と、行きかけて…
「一番大切なことを言い忘れていた」
「何ですか?」
橘は月城の瞳を見つめた。
「常に美しくいろ。…旦那様は美しい者が好きだ。梨央様の為に美しく賢い執事候補を…旦那様はずっと探しておられたのだ。美貌の執事は貴族にとって最大の美徳であり、周りの貴族から賞賛される存在だ。お前はこの北白川伯爵家の美しき称号となるように。…お前が側に控えているだけで、旦那様の価値を更に盛り立てる…そんな執事になるのだ」
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