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17歳の寄り道
第29章 【千晴編】私のこと、好きですか?
「死…?」
物騒だな。死んでもいいなんて。
台詞の意味がわからず運転席を見ると、先生は起こしていた上体をシートにあずける。

「……知らんのか」
「えっ?なんですか」
「『月が綺麗ですね』の返しだ。調べてみろ。言い古されたやり取りだ」
「へえ……」

月がきれいなのに死ぬの?なぜ?
からかわれたのかな……?
私は麗しく佇む満月を観ることをやめて、窓に乗り出していた姿勢を戻して深く腰掛けた。

「惇君は一人暮らししてるんですね」
「……ああ。最初は家から大学まで通っていたがな」
「優しくていい人でした」
「フン。最近は実家に帰ってきても、俺のことなど見向きもしない」

ほとんど初めて聞く、先生の話。
別居しているという噂の真相も話してくれた。

「俺の父親が随分昔に他界していて……今、母親の具合が悪いんだ。だから実家から車で通勤している。自宅に戻った日はそうじゃないが」

そうだったのか。
じゃあ先生は、夏以降ほとんど実家にいたのかな……。

「親の介護をするだけで離婚や別居の噂になるんだな。高校生というのは」

先生はやれやれと溜息をついた。

「奥さんはご実家に行かれないんですか?」
「家内にも仕事があるし……結婚当初からうちの実家とは合わないからな。まあ、親の介護を押し付けようとも思ってないし、それは……」

語尾は弱く消えた。家内って呼ぶんだな。
先生のお母さんのことは心配だけれど、やっぱり、奥さんの話は聞いていてつらい。
私がうつむいていたら、先生の武骨な手が私の手を包んだ。
「オヤジの身の上話なんかつまらんだろ」という先生に、うつむいたまま首を横に振った。

「――お前は、俺の何がそんなにいいんだ?」

その問いかけには嘆きが混じっている。

「わかりません……。何がいいとかしゃなくて、先生じゃないとダメだって……思います」

現実から切り取られた儚い空間の中で、月明かりに頼って先生の存在を確かめる。
大きな手を握り返すと、大きな体が私に覆い被さった。
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